ごめん、君とは付き合えない。
そう言った先輩に私はひとつ笑みを返し、身を翻した。
世界はいつだって、予定調和。
* * *「フラれた」
勝手に部屋に入ってあちこちを動き回ってもずっと存在を無視されていたのに、その一言で穂(みのる)は初めて反応を示した。机に向けていた顔を上げ、背もたれに体重を掛ける。それでも相変わらず私に向けられているのはその背中だけ。待っても待っても振り返る気配を見せない穂に、とうとう私は痺れを切らした。
「ねぇ、フラれたんだってば」
「聞こえてる」
焦れように言うとそれに被さるように返事が返ってくる。けれど相も変わらず穂は反対側を向いたままで。
「じゃあ、なぐさめてよ」
苦し紛れに搾り出したような一言に、再び訪れる沈黙。
そこで黙るな、バカ。苛立ちついでに手に持っていたスクールバッグを適当に穂のベッドに放り投げた。綺麗にベッドメイクされた布団はその衝撃で簡単に乱れ、ごめんなさいと心の中で小さく穂のお母さんに謝る。
小さい頃からお隣さんとして育ってきた私と穂は、お互いの部屋にまるで自分の部屋のように入り浸っていた。お互いの母親は二人の母親だし、それは父親に関しても同じこと。世の幼馴染というものは、こういうものだと思っていた。中学校に入るまでは。
「ねぇ、聞いてるの」
問いかけた声は思いのほか弱弱しい。向けられた背中は記憶の中にあったものよりもはるかに広くなっていて、少し寂しくなる。
「ねぇ――」
「だから聞こえてるっつってんだろ」
「じゃあなんでこっち見ないの」
お願い、こっちを向いて。もうあの頃からまともにあなたの顔を見たことがない気がするの。
ねぇ、掠れる様な声を発しながら右足を出す。私と同じ六畳一間の部屋は数歩で壁から壁までたどり着ける。だから数歩歩み寄れば、机の前に座っている穂までもうあと一歩の距離。踏み出すかどうか、いや、踏み出せるかどうかは、わたし次第。
「お前、先輩のこと好きだったんだろ」
静かにぽつりと吐き出された言葉。脳裏に柔らかい笑顔のあの人が思い浮かぶ。
そうだね、確かに先輩のことは好きだった。優しくて、かっこよくて、サッカー部のキャプテンなんかしちゃって、生徒会長も兼任しちゃって、みんな王子様って憧れてて。廊下ですれ違ったら思わず振り返っちゃうくらい魅力的で。
「じゃなきゃ告白なんてしないよ」
穂はイスの背もたれを後ろに倒し、腕を頭の後ろで組んで唸り声を上げる。小さい頃から変わらない、彼のクセ。悩んでるときいつもそうしてた。キー…、キー…。無言の部屋にイスの背もたれが揺れる音だけが響く。
「穂が言ったんじゃんか」
思ったよりも心細い声が出て、自分で驚いた。穂も動きを止める。音が止む。
「穂が言ったんだよ。告白してダメだったら、俺がなぐさめてやるから、って」
「――…言ったっけ」
まだ惚けようとするその態度に怒りがこみ上げる。
「言ったわよ!だから今こうして来てるんでしょ!なのに肝心のアンタはッ…!」
涙が出そうになって慌てて言葉を止める。穂は再びイスを揺らし始める。キー…、キー……。
意地でも振り返らなさそうなその様子を見て、何かが切れた。
「もういい」
鼻声とか、気にしない。もういいんだ。こいつに期待したわたしがバカだった。ベッドから乱暴にカバンを掴み、部屋を出ようとした瞬間だった。
「果歩(かほ)」
イスの音が止む。ドアノブを掴んだ体勢で硬直。わたしは穂の声に逆らえたことが無い。背を向け合うわたしと穂。
「意味、わかってんの」
主語がなくても、何が言いたいのかはわかる。穂との付き合いは長いし、わたしはそんなに鈍くない。
「わかってる、よ」
声は、震えない。
キー……。イスが揺れて、ハッと振り返ろうとした瞬間には穂の腕の中にいた。
「もう逃げらんねぇぞ」
逃げるわけがないのに。首に回った穂の腕。それに手を添えて、何度も頷く。
大好きだよ、穂。
君に続く策略(最初からこうしたかったの)(なんて言ったら、どうするのかな)
-end-
復帰一作目。書きかけをひっぱってきました。
桜宵 (
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