放課後、お菓子部の私は後片付け当番のために部室である調理室に残っている。
 この後片付け当番は二人一組で行う物で、部員皆が使った調理器具を元の位置に戻したりガスの点検やシンクが汚れていないかの確認をするのだ。
「ねー、ゆっち」
「んー、なんよ明日香」
 クリップボードを片手にガスの点検をしている結枝…通称ゆっちに声をかけながら私は棚に器具やら食器をしまう。
 ゆっちとはこの高校で出会い2年になった今も同じクラスで仲が良い。
「私さぁ、明日こそ先輩に告白しようかと思うんだよね」
「え、ついに立花先輩に告白するの!?」
 お互い背を向けているからか、ゆっちが今どんな表情をしているか分からないけど大声を出したという事は驚いているのだろう。
「つ、ついにとか言わないでよ…確かにずっと言わないでいたけどさぁ」
 思わずどもってしまうのは声の大きさに驚いたのもあるけど、いざ報告してみたら気恥ずかしくなったというのもあるからで。
 でもゆっちにはこの事で1年の頃から相談に乗っていてもらったからちゃんと言いたかった。
「いやー、だって去年の6月から今年の4月まで告白のこの字も出てこなかったのによーやく出てきたからさぁ」
「……そーだよねぇ、ようやくだもん」
 どこか他人事のように言いながら運動部がいるグラウンドが見える窓まで移動すると点検を終えたのか、ゆっちが私の隣に立つ。
「長かったよねぇ」
「ん、でも言っていいのかなぁって思うんだよね。
 先輩は今年受験なのに余計な気を遣わせないかとか…終わるまで待った方がいいかなーとか」
「あー、アンタそういう所を気にするもんね」
「うん、でも今回は自分の事を優先しようかと。
 気にしすぎて言うタイミング逃して終わりっていうのも嫌だし…どうしても言いたいんだ」
 それは本当は駄目な事かもしれないけど、でもこれ以上は堪える事ができなくて。
 恋をすると人は我儘というかそんな風になるものだと初めて理解した。
「いいんじゃない? あたしは明日香を応援してるから」
「ありがと、ゆっち」
 外ではサッカー部が調整のランニングをしている、調理室があるのは1階だから多少の距離があっても先輩の事は見つけられた。
「別にお礼を言われる事じゃないよ、当たり前の事だし」
「うん、でも言いたかったから」
「…もし立花先輩がアンタをフッたら殴り込みに行こうかな」
 どこか真剣な感じで言うから慌てて止めたら「ジョーダンよ、ジョーダン」と笑われた。
 その日、私達は片付けが終わったら顧問に日誌を提出してから明日の事を話しながら帰路に就いた。

 立花先輩との出会いはお菓子部を通してだった、彼は当時の部長の弟で練習後によくお菓子を貰いに来ていたのだ。
 最初は甘い物が好きというのとサッカー部なんだなぁという印象しかなかったのに、言葉を交わして知っていく内に好きになった。
 部長が引退してからは来なくなったけれどその前に運よくメアド交換ができた(と言っても先輩やゆっちが協力してくれたからなんだけど)ので偶にメールでのやり取りもしている。
 なので先輩に“明日、よければ一緒に帰りませんか?”とメールを送った。
 送信ボタンを押す指は震えていたし後ろ向きな考えをしてしまったけど返ってきたのは“良いよ、久々に明日香ちゃんと帰りたいし”と笑顔の顔文字付きのメールで。
 そのせいか嬉しさと緊張が入り混じってあまり眠れなかった…けど、なんとかその日の授業と部活をこなす事が出来て待ち合わせ場所にしていた駐輪場に足を運ぶ。
 私は徒歩通学だけど先輩は自転車通学だからだ。
「明日香ちゃん、待った?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そっか、なら良かった。じゃあ帰ろうか」
 自分の自転車に行き鍵を解除すれば先輩は自転車を押しながら私の速度に合わせて歩いてくれていて、その優しさに胸がきゅーとなった。
 歩いている間は中間テストとか連休の事とか、そういう話をしていたけれど次第に部活の話になる。
 うちの学校の運動部は結構強くてよく大会に行く、それに部活によっては3年生の引退は翌年になる事もありサッカー部もその内の1つだ。
「先輩はスポーツ推薦で大学に行くんですか?」
「推薦で行けたら良いけど、そんなに活躍してないからなぁ。
 それに仮に推薦で行っても在学中に怪我とかして復帰できなかったら大変だから普通に受験しようかなって」
 考えるような顔つきで言う先輩のそれはどこか大人びていて、きちんと将来の事を考えているんだなぁって思う。
「…先輩は頑張っていますよ、サイドバックとして真剣に取り組んでいるの知ってます。
 それにきちんと先の事も考えていて…凄いです」
 そんな風に言葉にしながら先輩の方を見ると「ありがとう、明日香ちゃん」と笑顔で言われた。
 大人な考えをしているのに子供のような無邪気な笑みを浮かべている、そんな先輩が好き。
 でもー…その先輩に言って良いのかとまた考えてしまう、受験もあって忙しいのに勝ち進めば進むほど部活だって頑張らなきゃいけない。
 きっと迷惑になるって、そんな事がまた頭をよぎったけどー…。
「そんな先輩が、好きです」
 立ち止まりそう告げると、先輩は驚いた顔で立ち止まった。
「お菓子を食べる時の嬉しそうな顔とか、サッカーを頑張る姿とか、先輩の笑顔とかに惹かれました。
 立花先輩は忙しい時期に入るから言わない方が良いかとも考えました、それでもー…抑えられませんでした」
 ごめんなさいと付け足すと同時に勝手に涙が零れて、また先輩を困らせてしまうと思って慌てて涙を拭う。
 すると先輩は自転車をその場に停めて私に近付いて…指で目尻を撫でてきた。
「俺の事を好きだって言ってくれてありがとう、俺も明日香ちゃんが好きだけどー…良いの?
 俺は明日香ちゃんが好きだから付き合いたい、でもこれから忙しくなって寂しい思いを沢山させると思うんだ。
 それでもー…俺の事を好きって、付き合いたいって思う?」
 先輩も真っ直ぐな視線を向けて言葉を返してくれる、真摯な言葉を。
 確かに今後寂しい思いをするかもしれない、けれどそんなのー…。
「私は先輩が好きです、好きだからお付き合いしたいです。
 だって先輩も私に恋愛感情を抱いてくれているんですよね?
 それを片想いで終わるかもしれないって思っていた私が寂しくなるからって受けないなんてしません」
 私自身、来年の受験で先輩と会う時間は少なくなるかもしれない。
 擦れ違いとか色々あるかもしれないけど、先の事なんて付き合ってみなくちゃ分からない。
「だから先輩、私を立花先輩の…隼人先輩の彼女にして下さい」
「……ありがとう、それとー…俺も、俺からも言うよ。俺を明日香ちゃんの彼氏にして下さい」
「はいっ!」

 この日、私達は彼氏彼女という関係になった。
 これから先は何があるかは分からない、きっと喧嘩とか色々するかもしれない。
 それでもー、好きっていう気持ちやお互いを思い遣る気持ちを忘れずに大事にしていけば大丈夫だよね。
 だってこの恋はこれから始まるのだから。







ロートシルトの条蛇彰時さまより相互記念としていただきました^^


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