懐かしい呼ばれ方に振り向きそうになったけれど、窓に映る井上くんの視線に気付き、即座に身を翻した。

「ちょっとトイレ!」

「え、真奈!?」

驚いたような委員長の声。ごめんね。委員長。でも、今アイツと話したり、まともに目あわせちゃったりしたら、自分が何をしでかすかわからない。自分の感情が制御できない。
結局はその後も保健室で休んだり、ずっと女子の輪の真ん中にいたりと徹底ガード。
そして前日になって、ようやく劇はすんなりと練習を終えた。例のシーンでも予想通り、奴が笑い出すこともない。男子もリーダーが協力的なためか、今日は大人しい。わたしの心情とは打って変わって、クラスは良い雰囲気だ。



本番当日。
開演のブザーとともに幕が上がる。

井上くん演じる王子様と姫が城下町で偶然出会う。気が合った2人は共に遊び呆けたが、お忍びのため名乗らず別れる。そして互いに想い合う中、とある舞踏会で偶然の再会を果たす。そこでハッピーエンドかと思いきや姫は城外の魔王に攫われる。王子は幾多の敵をなぎ倒し、姫を助けに魔王の城へと立ち向かう。そして最後の決闘が始まる。結果、魔王は地に伏し、王子と姫は互いの愛を確かめ合う。

というベタにベタを重ねたような展開。でもいつもより上手く演じられている気がするのは、緊張どころではないからなんだろう。
久しぶりに、ちゃんと如月と喋った。台詞としてのやり取りだけれど、互いの目を見詰め合って言葉を交わすことがものすごく偉大なことに思えた。

そしてやってきた、最後の山場。

「……くっ」

「お前に、姫は渡さない……!」

熱演する2人を柱に縛られながら見ているわたし。ガクリと赤月が膝をつき、魔王のマントが大きく翻る。井上くんは王子の剣を綺麗に高く上げ、勝利を示した後わたしの方へ駆け寄る。きた、例のラストシーン。

「姫、あぁ愛しい姫よ」

「王子様、わたしも――」

でも、本番で台詞を中断させたのはアイツじゃなくて、

「あ、危ない……!」

わたしだった。

わたしの言葉にハッと井上くんは振り返り、即座に剣を抜く。そこには魔剣を振るう魔王、如月の姿。突然の事態に舞台裏は騒然となる。な、なんで魔王復活しちゃってるわけ!?あそこはもう倒れておしまい、じゃないの!?
観客はそんな舞台の裏事情に気付くはずもなく、魔王復活に盛り上がった。けれどこっちはそれどころじゃない!ど、どうするのよ、これ!?
焦って舞台袖で演技を確認していた委員長を見ると、委員長は大きく溜め息をついて口パクで"つ・づ・け・て"と言った。井上くんもそれを見て軽く唇を上げる。

「どうした、魔王。今更になって姫が惜しくなったか?」

完璧なアドリブを言い放つ井上くんに、如月も挑戦的な視線を返す。

「あぁ、思ったよりもそいつは俺にとって大事だったらしい。てことで、約束は破棄な、王子様」

『約束』なんて劇では出てきていないキーワードに観客は首を傾げる。でもそんなことなど気にもかけない2人はアドリブ合戦を続ける。魔王が八重歯を見せてニヤリと笑い、王子様は相変わらず爽やかに微笑み、キンッ、キンッと剣のぶつかり合う音がする。まさか本物の剣ではないが、それなりに硬い素材を使っているため、練習していないはずのシーンなのに決闘以上の鬼気迫るオーラを発している。大迫力の戦闘に観客だけでなく、舞台裏まで盛り上がった。その時、突然如月に腕を引かれた。
それに井上くんは一瞬しまった!という顔をして追いかけてくるが、如月は魔剣を投げてわたしを抱えてステージから飛び降りる。
きゃーっと観客席が黄色い歓声に包まれ、わたしはお姫様だっこされたままわけもわからずに走った。井上くんが魔剣を叩き落した頃には、わたしはもう魔王に連れ去られて体育館の外にいた。ドアが閉まる直前に委員長のナレーターの声がしたような気がしたが、もちろんわたしはそれどころではない。裏庭まで走って、ベンチに下ろされる。

「真奈」

静かに呼ばれた名前。懐かしい、響き。

「昨日1日、無視されたの。マジ堪えた」

いつもとは違って真剣な顔をした如月。

「それで、やっと気付いた」

ふわっといつもとは違う愛しむ笑みを浮かべる如月に、胸が高鳴る。


「俺、真奈が好きだ」


おとぎ話のその
(王子様とのハッピーエンド)(物語はそれでは、終わらない)


-end-


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提出→Adult Alice
お題→『童話のその後』

裏話。音楽室のくだりは委員長の作戦です。井上くんはすべてわかった上での協力者。

ついでにどうでもいい裏話。王子役の井上くん、実は『飴甘〜』『廊下〜』の紗奈の弟です。姉弟揃って、"顔はすごい良いわけじゃないけどなぜか人を惹きつけ"ます^^
ついでのついでにもういっちょ。真奈ちゃんの苗字、斉藤ですね。気付きませんよね。実は『窓際〜』『Be〜』の斉藤の妹だなんて。ふふ。←


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