「今、何時?」
真崎《まさき》くんの囁き声に、私は黒板の上に掛けられた時計を見る。
「ちょうど9時5分、だよ」
「そっか」
「うん」
会話終了。私は再度ノートをとり始め、真崎くんは顔を伏せて寝始める。これが毎時間のいつもの光景。
真崎くんはとても目が悪いらしい。だから先月の席替えで最後尾になった時は、少し困った顔をしていた。それを不思議に思った私が、授業中であるにも関わらずにどうかしたの?と聞いてみると、真崎くんは眉を下げながら視力が悪くて時計が見えないことを教えてくれた。それに対して私が、じゃあ私が見てあげるよ、と言ったのがこの習慣の始まり。
授業中はほとんどうつぶせになって寝ている真崎くん。けれど、ふとした瞬間に顔を上げて、先生には聞こえないような低い声で私に囁く。
"今、何時?"
寝起きの声は少しだけ掠れていて、なんとなく色っぽい。そんな心中を悟られないように、私は時計を確認して真崎くんに時刻を告げる。授業中に行われる、二人だけの秘密の会話。
でも真崎くんは、こうして時間を毎度人に尋ねなければならないのは不便ではないのだろうか。そう思った私は、机に顔を伏せている真崎くんに声を掛けてみた。
「真崎くん?」
起きてるかどうかわからないから、眠りを妨げない程度の声で囁く。すると、すぐにくるりと真崎くんの顔がこちらを向いた。どうやら顔を伏せていただけみたいだ、良かった。
「真崎くんは、腕時計とかつけたりしないの?」
腕時計があったらいつでも時刻が確認できて便利なはず。良い案だと提案してみたものの、真崎くんの反応はいまいち。んー、と小さく声を上げながらちらりと私に目を向ける。
「斉田《さいだ》さん。時間、聞かれるの、迷惑?」
ぽつりとつぶやかれた言葉にハッとする。そうだよね、突然こんなこと言ったらそうとられちゃうよね。
「ううん、全然。ただ、あった方が真崎くんも便利なんじゃないかな、って」
そういうと真崎くんはパチリと大きな目見開き、そしてくるりと反対側を向いてしまった。もしかして何か気を悪くすることでも言ってしまったのだろうか。少し不安に思っていると、横で真崎くんが体を起こすのが見える。べたりと机に張り付いていた体勢から一転、今度は椅子の背もたれに体重を掛け、なぜか両手で顔を覆っている。
「んーーーー」
「まさきくん?」
低いうなり声を不思議に思って声を掛けてみると、真崎くんは手を少し顔から放して、私をちらりと横目で見た。心なしかその頬が赤らんでいるような気がして、なんとなくドキドキしてしまう。
「今、何時?」
発された言葉に反射的に時計を見る。あ、もうすぐ授業終わる。時刻を告げようと口を開いた瞬間、それを遮るように真崎くんが続けた。
「って聞けば、斉田さんと喋れると思って」
僕が君に問うわけは
(そこから始まる)(二人の何かを期待して)
-end-
提出→
魚の耳様
お題→『第一声が「今、何時?」』
桜宵 (
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