翌日麻衣にその話をすると、麻衣は昨日の亜美とは違いなぜか渋い顔をしていた。

「あー、それ多分A組の高瀬忠広(たかせ・ただひろ)だわ……」

「タカセ、タダヒロ……?」

「そ、堅物高瀬。まぁ確かに顔いいけどさぁ、親が警察だかなんだか知んないけど、よく正義のヒーローぶって駅前で乱闘してるらしいよ」

アイツはなんかウザイし無しだよ、と続ける麻衣の言葉はもう聞こえていなかった。
タカセタダヒロ、高瀬忠広、……高瀬くん。

「あ、そういえば2号に亜美の話したらさ、超会いたがって―」

「ごめん!ちょっと行ってくる!」

「って、え!?」

麻衣の話も聞かずに教室を飛び出して向かう先は、もちろんA組。力いっぱいドアを開けると、いっせいにA組の生徒がこっちを見る。しかしそれに動じることも無く、亜美の視線はただ一人、窓辺で小難しそうな本を読んでいた高瀬に照準を合わせる。

「高瀬くん!来て!」

「っ、!」

驚く彼を無視して腕を引っ張って教室を出る。どこか人の居ない場所、と考えていたらいつの間にかプールまで来ていた。

「おいっ、」

「………」

「おいっ、お前なんのつもりだよ!」

「へっ、あ、ごめん」

まさか見惚れてましたというわけにもいかず、ごまかすようにプール脇に移動する。と、そこでプールを囲うフェンスの鍵がついていないことに気がついた。

「あ、ラッキー!鍵あいてる!」

そういって高瀬の腕を引っ張り中に入る。

「おい勝手に入ったら…!ハァ…もうなんなんだよ、アンタ」

ついには高瀬を放って勝手にプールに足を浸からせていた亜美。呆れたような高瀬の言葉に当初の目的を思い出し、ハッと立ち上がる。

「あのね、高瀬くんがほしいの」

「…は?」

「だからちょうだい?」

「………お前、頭大丈夫か?」

真顔で言う高瀬。それに亜美は気を悪くする様子も無く言い返す。

「あは、超正常。あのね、亜美欲しいものは絶対手に入れたいの」

「俺はものってことかよ」

どこか妖艶な笑みを浮かべる亜美に高瀬は軽蔑の表情を向ける。しかし次の言葉で唖然となった。

「ううん、好きな人」

目を見開いて硬直する高瀬の手を両手で持ち上げ、そっと包む。


「高瀬くんが、好き。だからちょうだい?」


その言葉で正気に戻ったのか、高瀬はパッと亜美の手を振り払う。

「ざけんな!なめてんのかよ…俺はアンタみたいな男なら誰でもいい尻軽は嫌だね」

「じゃあやめる」

意味が分からない、という顔をする高瀬に亜美ははっきりと言い直す。

「高瀬君が望むなら、もう亜美男の子と遊ばない」

「おま、何言って…―」

高瀬が聞く亜美の噂も、昨日の様子であながちウソでないことがわかっている。というより亜美自身がオープンにしているため、その軽さは誰の目にも明らか。それが、今、高瀬が望むなら男と遊ばないといっている。

「お前にそんなことできるはずない」

「何で?できるよ、亜美。高瀬くんが望むなら授業寝ない。ケーキも我慢する。どんなカッコイイ子に会っても誘わないし、誘われても乗らない」

「…お前、"欲に忠実な女"じゃなかったのかよ」

本人の口から広まったともいえる一般的には不名誉な二つ名。しかし亜美本人はいたって得意げに笑った。

「亜美はいつでも欲に忠実だよ?」

「じゃあやっぱ無理―」

だろ、と続くはずの言葉を遮って亜美は言い切った。

「だって今の一番の欲は、高瀬くんだもん」

馬鹿なことを、と吐き捨てるには亜美の目は真剣だった。高瀬もそれに気付き、とうとう諦めたのか深い溜息とともにしゃがみこむ。

「ったく、なんで俺なんだよ…」

そんな高瀬に合わせるように亜美も小さくしゃがみこむ。そして笑顔と共にもう一度。

「ね、高瀬くんちょうだい」

それを恨めしげに見上げる高瀬。

「本当に他の男と寝ないんだな?」

「高瀬くんが望むなら」

「他の男と遊ばない」

「高瀬くんが望むなら」

「しゃべらない」

「望むなら」

「………」

「望むなら」

ニンマリと勝ち誇った笑みを浮かべた亜美。その顔は驚くほど可愛くて、妖艶。
パッと目を逸らした高瀬が小声で呟く。

「………負けた」


ほしいものは、どんなことがあっても手に入れる。だから高瀬くんを手に入れるためなら、なんだってできる。


ね、ちょうだい?


ほしい、ちょうだい?
(飽きるまでの辛抱、だよな…)(亜美の欲、なめないでよ)


-end-

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提出→God bless you!
お題→『煩悩/「君が望むなら」』

こんなヒロイン、はじめてだ……!


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