「なぁ、お前……無理矢理はさすがにやべぇよ……」

ある日、やけに神妙な顔をした友達がそういってきた。意味がわからずに「は?」と返すと、気まずそうにしながらも声を潜めて教えてくれる。

「だから、文学少女。お前、あの子脅してよく図書室で会ってるんだろ?最近結構噂になっててさ、教師の耳にも入ってるらしいし、そろそろやめといたほうがいいぜ」

こいつは怖がりながらも俺に近づいてきてくれた、数奇な奴だった。今いる数人の友達もこいつのおかげで出来たようなものだし、本当に感謝している。最高の親友だと思う。だから、この言葉も、本当に親切心からの忠告なんだろうことは、ちゃんとわかっていた。

休める場所を見つけた俺は、周りへの注意力を失っていた。いつのまにか、そんな噂になっていたとは、思いもよらなかった。


"――さん、可哀相に…――"

"無理矢理とかサイテー……"

"私だったら耐えられない……"


それが彼女を、どんなに傷つけていたか。それに彼女が、どれだけ傷ついたか。想像もつかなかった。


* * *



彼女にに会いに行かなくなってから、1ヶ月が経つ。彼女と過ごした夢のような時間を、本当に夢だと思えてきた頃だった。

だから、最初に彼女が目の前に現れたとき、それは夢だと本気で思った。

「どうして図書室に来ないの」

静かな瞳で問いかけてくれる。最初から最後まで、俺を見る眼差しは変わらない。一片の恐怖も孕まない。

「え、なんで文学少女が……」

呆然とする友達やクラスメイトを気にすることなく、彼女は俺の腕を引っ張った。それに引かれるまま歩いていく。廊下ですれ違う生徒や教師が驚いているのが見えた。なんせ、被害者だと思われていた彼女が、加害者だと思われていた俺の手を引いているのだから。

たどり着いたのは図書室。彼女の絶対聖域。

「俺といると、変な噂がたつよ」

知ってるでしょ、と言ったら彼女は泣きそうな目で振り返る。あれ、なんで。俺にしては珍しいくらいに、優しい声がでたと思ったのに。

トン。掴まれたままの腕が彼女の手に導かれ、たどり着いたのは彼女の左胸。
そのやわらかい感触に即座に手を引こうとするが、思ったよりも強い力がそれを制する。



「ねえ、聞こえる?」



彼女が言った。澄んだ、あの声で。



「どくどく」

「どくどく」

「どくどく」



彼女の声と重なるように、手に伝わる鼓動が速くなる。



「、――――」



声を出さずに、彼女の唇が紡ぐ四文字。形作られたその言葉は、俺の心臓を止められるくらい衝撃的だった。

衝動に任せて彼女を腕に閉じ込める。いつか願った柔らかい存在は、確かに俺の腕の中で震えていた。



『しんしん』

一つ目の呪文。君は俺を恐れなかった。俺は安らげる場所を見つけた。


『つんつん』

二つ目の呪文。君は俺に触れた。俺は君に触れる勇気をもらった。


『どくどく』

三つ目の呪文。君は俺を好きだと言った。俺は最大の幸せをもらった。



俺の胸に耳を寄せる彼女。


「なあ、聞こえる?」




壊れそうなこの臓音が
(君はゆっくりと、)(俺の世界を変えた)


-end-

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提出→God bless you!
お題→『魔法/「ねえ聞こえる?」』

魔法の雰囲気がちゃんと出ていれば良いのですが´`


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