だって、みんな好きなんだもん、みんな必要なんだもん。
勿論君も、大事なんだよ。


――ねえ、それじゃ駄目なの?


***


「あー、ひーちゃんだ」

「…日向です」

「ひーいーちゃん!」

「………」

「今溜め息ついたでしょー」

「…ついてないですよ」


志藤那花。

彼女の名前を知らない人は、おそらくこの大学に一人もいないだろう。

だって彼女は、


「那花、誰?」

「サークルの後輩のひーちゃん!あ、ひーちゃん、この人はあっくんだよ」


毎日毎日違う男を連れ歩く、所謂女の敵ってやつだから。
僕も放課後に男と歩く先輩を何度も見掛けている。


『ね、わたしのこと好き?』

『うん、好き』

『あはは、もっと言って!』


彼女はいつも笑顔で相手を見ていた。



「…はじめまして、遠藤日向です」

「あ、ども」


女から疎まれて男から好奇の目で見られる彼女は、遊び人として有名。



――でもそれはただの噂話だと、僕は思うんだ。


まあ、そう思うのは僕がナカ先輩と"そういう関係"になったことが一度も無いからかもしれないけど。


「…なんかひーちゃんと帰りたくなってきたなあ」

「は?今日は俺と帰るんじゃないの?」

「気が変わったの!じゃあねあっくん!ひーちゃん行こっ」

「え?ちょ、ナカ先輩!」

「おい那花!!」


僕の袖を引っ張って走る先輩は気まぐれで、ただただ無邪気だ。


***


「あの」

「んー、なにー?」

「あっくん先輩、よかったんですか?」

「いいのいいの!だってあっくんよりひーちゃんのが好きだもん」


さも当たり前のように、サラッと先輩は言う。

だけど先輩は僕をそういう対象として見ている訳ではないし、自分の言う"好き"にどんな威力があるかなんて知らない。


「――あっくん先輩も好きですか?」

「うん!好きだよ」


彼女は、"好き"に種類があることを知らない。段階があることを知らない。違いを知らない。


「あっくんも、他のみんなも優しいから好き。それに、みんなわたしのこと好きって言ってくれる」


彼らの言う"好き"にどういう意味があるのかを知らない。自分が彼らに微笑むたびに彼らがどれだけ傷ついているのか、彼女は知らない。


「…でもね」


ナカ先輩はそう言って立ち止まり、僕の袖の裾をより強く握った。


「誰に何回好きって言われても足りないの、からっぽなの。1人になるとすごく泣きたくなるの」


僕の隣で真っ直ぐ前を向く先輩の表情からは、笑顔が消えていた。


「ひーちゃん、なんでかな?」


――遊んでなんかいない。

先輩の言う"好き"は全て本物。
彼女はただただ無邪気で、純粋で。

とても、可哀想な人。


「――ねえ、ひーちゃんはわたしのこと好き?」

「はい」


先輩はいつも相手の男を笑顔で見ていたけど、その目はいつもどこか悲しそうだった。



『ね、わたしのこと好き?』


いつも相手の気持ちを確認してた。


『あはは、もっと言って!』


言葉を、求めてた。



「…じゃあ好きって言って」


泣きながら愛情を請う彼女は、とても寂しい人だ。


「――言いません。僕の思ってることは2文字じゃ足りないから」


この言葉の意味が理解できないのか、きょとんとする先輩。くるくると表情を変える彼女は子供のよう。


「足りないと思うのは、先輩の言う"好き"がみんなの言う"好き"に見合ってないからですよ」

「そんなことない…」

「見合ってないんですよ」


先輩は何も知らない。
みんなが、僕が、彼女をどんなに愛しく思っているかなんて。

純粋であることは、時に人を傷つける。


「"好き"以上の気持ちはこの世に存在するんです」

「……ひーちゃんはそれを、学校で習ったの?」

「違いますよ、ナカ先輩からです」

「わたし…?」

「はい」


いつも笑ってて、気まぐれで、純粋で無邪気な彼女に多くの人が恋をした。


そして人の気持ちに鈍感で、究極の寂しがり屋な彼女に僕は恋をした。


「――わたしは誰に教わればいいの?」


いつも悲しそうな彼女の本当の笑顔を見たいと思ったんだ。


「――僕が教えてあげますよ」


寂しがり屋な先輩に、僕の気持ちを全部あげるから。

だから、いつか"好き"じゃ足りないこの気持ちに応えて。




君に愛をあげる





yawningの灰里さまより3000HITキリリク作品としていただきました^^


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