「冴木さん」

「…なんですか」

「今日日直だって」


そうにこやかに告げる藤田。

――あたしはこの人が嫌い。
――嫌い、大嫌い。


背が高いだなんて知るか。お洒落だなんて知るか。優しいだなんて知るか。


「はい、日直日誌」

「…あり、がとう」

「どういたしまして。じゃ」


人の良さそうな顔はしてるけど、あたしはこの人をいい人だなんて思えない。だって、この人には口を聞く度に馬鹿にされた覚えしかないから。


***


『視界に入ってくんな、ブス』


あたしはアイツに何もしてないのに、中学校の3年間、ずっと同じクラスのアイツに苛められてた。

相手にするのも馬鹿らしかったから適当に受け流してたけど、


『お前需要なさそうだから、1週間だけ付き合ってやろうか?』


卒業式の1ヶ月前。
笑いながらこう言われた時、本当に悔しかった。本気で泣きたかった。

あたしだって一応女の子なんだ。


…でも何よりも、藤田に言われたのが一番キツかった。


『そんな顔すんなよ、冗談だっ……』

『嫌、藤田なんて大嫌いなんだから!もう近寄らないでよ!』


その言葉を遮った次の日から、藤田はあたしを避けるようになった。


***


そして高校3年生になって。あたしと藤田は久しぶりに同じクラスになった。

名簿でその名前を見つけた時は心臓が止まるかと思ったけど、藤田は何もなかったようにあたしに接するようになった。

でも、必要以上には話しかけて来ないし目も絶対に合わせない。


「なんだよ、ブスにブスって言って何が悪いんだよ?」

「女の子なんだから、普通に傷つく!」

「へえ、小森って女だったんだ」

「…藤田ぁ!」


だけど藤田は昔のままで、あの時と何も変わらない。

…その相手があたしじゃないだけで。


――今なら分かる。

小森さんを見る目が優しくて、それと同じものがかつてあたしに向けられていたこと。


***


苛められてた時は本当に辛かった。悔しかった。藤田なんか大嫌いだって何度も自分に言い聞かせてた。


だけど、だけど。


『嫌、藤田なんか大嫌いなんだから!もう近寄らないでよ!』


あんな風に言わなければ、小森さんの場所にいたのはあたしだったのかな。


後悔?そんなものしてない。
小森さんが、可哀想だと思う。
本当に?うん、本当に。


だけど、2人を見ると目を逸らしたり、声が聞こえると耳を塞いでしまうのはなんでなんだろう。


小森さんへのそれは、きっと不器用で素直じゃない彼の精一杯の愛情表現。


『お前需要なさそうだから、1週間だけ付き合ってやろうか?』


じゃあ、あの時のあたしに向けられていたものは何?


***


放課後、駅に続く道の途中で二人を見かけた。


「お前需要なさそうだから、1週間だけ付き合ってやってもいいよ」

「なにその言い方!ムカつく藤田!」

「冗談だからそんな顔すんなよ……なあ小森、本当に好きだから付き合って」


後悔?多分凄いしてる。
小森さんが、可哀想だと思う。
本当に?ううん、羨ましいと思う。


「……もうブスって言わないなら、いいよ」


――笑ってそう言える小森さんが、羨ましいと思う。


小森さんを見てると気付かされるんだ。
素直じゃないあたし自身を。

今は藤田よりも、後悔してることを認められないあたしが嫌い。
――嫌い、大嫌い。


…藤田は本当に不器用だけど、あたしはそれ以上だったんだ。




『そんな顔すんなよ、冗談だって。…本当は――』


もし今やり直せるのなら、笑って君を受け入れたいって素直に思うよ。

でも、もう叶わない。




遮られた言葉
(もう、続きは聞けないんだ)






「…本当は、冴木が好きなんだよ」





yawningの灰里さまより相互記念にいただきました!


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