「何っ、また綾芽(あやめ)がいない!?」

苛立った数学教師の声に思わずフッと笑いが漏れてしまう。
先生が見つめる先には授業が始まったにも関わらず空席の机。それはサボり常習犯の綾芽虎次郎(こじろう)の席。

そしてこういうとき、次は必ず…――

「くっ、しょうがない。おい、小田(おだ)!」

ほら、きた!

「綾芽を連れ戻して来い!!!」

「待ってましたああああああああ!!!」

掛け声とともに勢い良く駆け出す私。右手にはねこじゃらし。左手にはにぼし2パック。そして懐にはまたたび大量!フッ、完璧だ!これでもうわたしの勝ち決定ね!



バァンッ、と勢い良く屋上の扉を蹴り開ける。伊達にこの2年、奴の飼育係を任されていない。わたしの中の綾芽レーダーがここだといっている!

授業中であれいつであれ、フッと気まぐれに姿を消す奴はまるで野良猫。そして唯一その野良猫を手懐けているといわれているのがこのわたし、小田和子(わこ)なのだ!

「おりゃーっ、綾芽小次郎ー!捕まえにきてやったぞー!」

目当ての奴は予想通り屋上で、呑気にお昼寝。

「あ・や・めーっ!・・・綾芽くん?綾芽!起きろこんちくしょーう!!!」

耳元で叫んでも微動だにせず。
ふむ。そこで登場するのが右手のこれ。ジャジャーン、ねこじゃらしー!
ちょいちょいと鼻先を掠めるようにして動かす。かすかに鼻がひくつき、もしや効果有り?と思う間もなくパシッと目にも止まらぬ速さではね返される。恐るべき条件反射。本人は未だに熟睡。

「むー」

しょうがないから左手のにぼしの登場。
すー、と健やかな寝息をたてる口元に近づける。閉じた、開いた、閉じた、開い…よっしゃ入った!


ゴフッ


「げほっ、…え、なにこれ」

効果抜群!
けれど当の綾芽本人は何が起こったのかわかっていない様子。

しかし横に座るわたしを見ると…――

あ、やばいかも。サッとにぼしを背後に隠す。

「いま、なに隠したの?」

「いえ何も!」

「素直に言って見なさい。今なら許す」

不機嫌顔でじりじりと近寄ってくる。明らか許す気ないね、これ!

「さぁ、わんこ」

「って、何!?わんこって何!?わたしは和子ですけど!!」

とか言いつつ、こっちもじりじりと後ずさる。地味な攻防戦。

「だってなんか犬っぽいじゃん」

「どこが!?」

「俺の後ろをくっついて回るらへんとか」

なにそれ!?誰のせいだと思ってんの!?

「フッ…隠しても、無駄」

「え」

強気な発言に思わず気をとられた瞬間に奴が近付く。

「あーっ」

「へーほーふーん。にぼしねえー」

ひょいといとも簡単に没収されてしまった最終兵器第2弾。
だが忘れてはいけない!
この懐には最終兵器第3段が…―

「わんこいちごミルクいるー?」

「あ、いるー」

ちゅー。………ってなに素直にもらってなごんじゃってんの!?

「プッ、百面相。でも牛乳好きとかやっぱわんこじゃん、わんこ」

「なっ、違う違う違うーっ」

わたしはアンタの飼い主だ!

「でもわんこが犬っていうんだったら、飼い主は俺だね」

「え」

じゃ、と軽く手を上げてこれまた軽やかに屋上を出て行った奴。なんだその捨て台詞。

「ちょ、まてまてまてーい!」

思わずまた追いかけてしまう。
もしかしてこれがわんこって言われちゃう由縁!?でもこれは正等な理由があってのことよ!待ってないさい、この野良猫め!




ミルクの
(スキとか絶対ちがうんだからねっ)(もっと俺のこと追い掛けてよ)


-end-



提出→惚れ薬
お題→『隠しても、無駄』→野良猫ボーイ&仔犬ガール


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