「俺、今吉野さんと付き合ってるから」

思わず閉じていた目を開いてしまう。
ちょっと待って、宮くん!間違ってる!

「……あ、ごめんね、私突然泣いちゃったから勘違いさせちゃったね、えと、そういうつもりじゃなくて、…―」

「待って!!!」

ずっと黙っていたせいか、少しだけかすれた声。痛む頭を抑えて、ゆっくりと上半身を持ち上げる。外ではハッと息を呑む音が聞こえた直後、すぐさまカーテンが開けられた。

「吉野さん、起きてたの…?」

口を押さえどこか気まずそうに視線をそらす花沢さんの目は赤い。宮くんの顔は、見たくなくてあえて視界にいれない。けれど視界を白いシャツが横切って、そっと背中に添えられた手から、宮くんに身体を支えられていることがわかる。

「吉野さん、大丈夫?突然倒れたなんて聞いて、俺もうびっくりしちゃって。おきて平気なの?」

「宮くん、何言っちゃってるの。何私に遠慮してるの」

「え」

宮くんの言葉を無視して続ける。

「宮くん、もう我慢しなくても大丈夫なんだよ。本当に好きな人と一緒になるべきだよ」

「ちょっと待って吉野さん、何言って―」

「お願いします、花沢さん!宮くんと寄りを戻してあげて!」

「…え?」

ようやく顔を上げた私の視界に、戸惑って私と宮くんを交互に見る花沢さんと、唖然としている宮くんがうつった。
そんな2人に微笑みかける。ほら、完璧な笑顔。ちっとも寂しそうじゃない。

「宮くんがずっと想ってたのは、花沢さんだよ」

もう、自由にしてあげるから。
だからね、宮くん。どうか本当に好きな人と一緒になって。もうその笑顔を私に向けてもらえないのは寂しいけれど。でも、宮くんが本当に心から笑えるように。
隣で支えてくれている宮くんから吉野さん?何言ってるの?ねぇ?と戸惑った声が聞こえる。けれどそれを無視して私は小さく息を吸った。

私、がんばるから。

「お願いします、どうかもう一度宮くんと付き合ってください」

私は宮くんの笑顔が、好きなの。
 


「詩織」

どうして好きな人が紡ぐ自分の名前というのは、こうも特別なんだろう。初めて呼ばれた名前に、ずっと避けていた視線を意識してしまう。

「ねぇ、どういうこと?詩織」

真横から突き刺さる強い視線。いつものほんわかとした宮くんからは考えられない。心なしか、背中にあてられた手にも力が入っている気がする。

「俺、いつ、花沢のこと好きだなんていった?」

あれ、呼び方が千佳から花沢に変わった。
そんな些細なことになぜかほっとしてしまう。それでもまだ宮くんとは目が合わせられない。

「宮くん、」

「うん」

想ったよりもか細い声に素早く力強い返事が返ってくる。

「宮くん、よく、遠く見てる…。よく、視線が花沢さんを探してる。…そして、花沢さんも…」

「………」

思い浮かぶのは昼休みの終わりのこと。裏庭から走っていく宮くんを見つめる、花沢さん。昔付き合っていたという二人は、何かの原因で別れてしまったけれど、きっと今でも想いあっている。そう悟るのに時間はかからなかった。

「確かに、俺、時々花沢のこと考えてた」

認めた宮くんの声に、あぁ終わった、と思った。思ってから、まだ期待していた自分に気付き、自嘲。けれど予想に反して、宮くんの言葉はまだ続いた。

「でも、それは詩織が思っているような理由じゃない」

「………え?」

諦めでうなだれていた頭を上げると、宮くんの強い視線にあう。こんなに必死な彼は、初めて見た。

「中学のときに花沢と付き合ってた。けれどあの時は色々と照れくさくて、昼を一緒に食べるどころか一緒にいるのも照れくさかったし、まともに目を合わせることもできなかった」

私と花沢さん両方に聞かせるような独白。宮くんの目は、とても真剣。

「それが原因で、花沢にフラれた」

その言葉に思わず花沢さんを見ると、彼女は気まずそうに俯いてしまった。
そういえばさっきの会話でも言っていた。一緒にお昼を食べる彼、笑っている彼、目を見てしゃべる彼。どれも当たり前だと思っていた彼は、当たり前じゃなかった。

「それ以来、女子と付き合うのがなんとなく面倒になって、告白は全部断ってきた」

え、と見つめると彼は少しだけ目を泳がせる。

「正直、詩織が告白してくれたときも、一瞬断るべきなんじゃないかって、迷った。でも、できなかった」

なんかいま、ありえないことが起きようとしている。
頭痛も合わさってあまり頭が動いていなかった私にも、ようやく実感としてわいてきた。
今、ありえない大逆転が起ころうとしているのかもしれない。

「俺が最初に、詩織に惚れてたんだよ」

初めて知った事実に驚いて目を見開くと、彼の耳が少し赤いことに気がついた。あぁ、カミサマ。なにやら気付かぬ間に大逆転が起こってしまったようです。

「確かに俺、詩織といるときも時々花沢とか昔のこと思い出したりしたけど、あれは主になんていうか……同じ失敗を繰り返したくなかったんだ」

「宮、くん…」

「俺が好きなのは、前からずっと、詩織ただ1人だよ」

だから悪いけれど、今さっき詩織が言ったことは忘れてくれ。
その宮くんの発言でようやく花沢さんの存在を思い出した私は顔中真っ赤になってしまったに違いない。見ると花沢さんもなぜか真っ赤だった。

「あ、うん。えっと、すごいラブラブで私も安心したっていうか、ちょっとあの後春樹が誰とも付き合ってなかったのが気になって…」

「あ、悪い。呼び方もできれば苗字に戻して欲しいんだ。さっきから、花沢が俺のこと春樹って呼ぶたびに、詩織泣きそうな顔してんだよね」

な、ななななんですと!?
少し意地悪そうに笑った宮くん。
ば、ばれてたの…?

「え、とじゃあ、宮内くん。なんかお邪魔みたいだし、私帰る、ね」

「うん、ごめんね。ばいばい、花沢さん」

未だに信じられないといった顔をしながら花沢さんは保健室を出て行った。
代わりに入ってきたのは香苗。ニヤニヤした表情から一瞬で悟る。

「香苗、盗み聞きしてたでしょ」

「やだなー人聞きの悪い。てかすっごい意外!」

「何が」

「宮内くん、糖度2倍って感じ?」

糖度2倍?と首を傾げる宮くんを端目に、香苗は今日の実習のマドレーヌと私の荷物を置いてさっさと帰っていった。

「糖度2倍、て?」

「えっと…今日の実習で、砂糖の分量間違えて2倍入れそうになっちゃって…」

恥ずかしさから少し赤くなる。

「あ、そういえばまだマドレーヌもらってないね」

「あ、はい。どうぞ。っていっても、私は途中で倒れちゃったから、作ったのは香苗とか花沢さんたちだけど」

そういっている間にも宮くんはさっさとマドレーヌの包装をあける。
あぁ、せっかく綺麗に包まれてたのに。といっても私がやったんじゃないけどさ。

「、あれ。甘さ普通だ」

「当たり前だよ、すぐに計りなおしたから」

なぜか残念そうにする宮くん。そんなに甘党だっけ?さすがに砂糖2倍はやばいと思うんだけどな。
少し飛躍して糖尿病の心配までしそうになっていた私に、また宮くんのすこし意地悪な視線がさす。

「ね、詩織チャン」

「……何」

あ、怪しい。あからさまに怪しい。

「俺甘いの、好き」

「うん、知ってるよ」

だからマドレーヌも宮くんにあげたんじゃない。怪訝な表情をする私に、彼はとびきりの笑顔。

「でも詩織が、1番好き」

言葉と同時に被さってくる宮くん。いつのまにか横で背中を支えてくれていたのが、ベッドに乗り出して上から覆いかぶさるようになっている。背に回された手にエスコートされるように倒れこむのは保健室のベッド。
上から見下ろすのは少しだけ意地悪な光を宿した、

私の大好きな、彼の笑顔。




smile for you
(宮くんなんかキャラ変わってない?)(今まで結構セーブしてたからね)


-end-

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提出→Sally
お題→『復縁を、望みます』

元彼、元カノネタ好きだな。

 ゆん




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