「あれ、柳瀬(やなせ)今日は緑色なの?」

そう言って僕の顔を覗き込むのは同じクラスの萩岡千鶴(はぎおか・ちづる)。大きな瞳のチャーミングな女の子。

「うん、どうかな」

「すっごい綺麗!」

そう言って無邪気に笑いながら、萩岡は前の席に座る。そう、彼女は僕の前の席。

「そういえばいつからだっけ、柳瀬がカラコンつけだしたの」

「2年になってから、かなぁ」

「じゃあもう1ヶ月くらい経ってるじゃん!すごいね!」

そういってまた笑顔を見せる萩岡に、曖昧な笑みを返す。君はきっと知らないだろうね、このカラコンの意味なんて。

「しかも毎日色違うじゃん!何色くらい持ってるの?」

「んー……10以上はあると思うかな」

「へぇ!」

萩岡がそう感心した声を上げた時だった。

「千鶴、おっはよーう!」

「あ、ノブ!おはよー」

勢い良く萩岡の後ろから彼女に覆いかぶさる影。同じクラスの今川信弘(いまがわ・のぶひろ)、みんなはノブと呼んでいる。

「おはよ、ノブ」

「はよー、柳瀬。ってかお前も大変だよなぁ、こいつと前後なんて。こいつ、マジうるさいだろ?」

「なっ!うるさくないもーん!ねぇ、柳瀬!」

同時にこちらを向く2人は息の合ったカップル。先月から付き合い始めたらしい。

「うるさくないよ。僕は萩岡と話すの、楽しいから」

「ほらぁ!見たか、ノブ!柳瀬は優しいんだぞ!」

「お前自分がうるさいこと肯定してんじゃんか」

「はっ!」

ぎゃあぎゃあ2人がじゃれあうのを見ていると、ノブがふと気がついたように俺を見た。

「おっ、今日は緑か!はぁ〜…綺麗なもんだなぁ〜…」

その言葉に思わず苦笑がこぼれる。カップル揃って同じこと言うとは。

「ねぇ、柳瀬って毎日何基準につけて行くカラコンの色決めてるの?」

「え?そうだなぁ…大体はその日の気分とか、かなぁ」

「あ、そういえばお前体育ある日はいっつも赤だよな」

「赤は情熱的で、エネルギッシュな色だからね。高揚感をくれるらしいよ」

これは前に図書館で見かけた色彩に関する本の受け売りだった。萩岡とノブは感心したように頷いてる。

「他は?」

「そうだなぁ。青は落ち着きがほしい時。だから中間テストは青つけてたかも」

「へぇ、それ聞いてると面白ぇな!じゃあ黄色とかオレンジは?」

「オレンジは赤と似た感じかな。黄色は確か…喜び、明るさ、とかだから落ち込んだときにつけるね」

「ピンク!ねっ、ねっ、ピンクは?」

まるで先生に質問をするかのように手を上げて言う萩岡の頭を、ノブが軽く小突く。

「バカ、柳瀬がピンクのカラコン持ってるわけねぇだろ」

「えー、でもさっき10色くらいあるっていってたよ?」

「一応持ってはいるけど、つけてくることはないかなぁ…」

「え、何で?」

きょとん、とした萩岡から目を逸らす。

「ピンクは恋愛を成就させたいときに、ね」

「あぁ、だからお前今までつけてこなかったのか」

「柳瀬、好きな人いないの?」

曖昧に首を傾げる。空気を察してくれたのか、ノブがまた萩岡の頭を小突いた。空気の読める男だ。

「そういえば肝心の色、聞いてねぇじゃん」

「え?」

「ほら、今日の緑色。どんな気分の時に緑選ぶんだ?」

それに萩岡も興味深そうに僕の瞳を覗き込んでくる。そこまで凝視されると、照れくさいな。

「緑はリラックス、気持ちを落ち着かせる色だよ」

「へぇ、じゃあ今日の柳瀬はそわそわしてんのか」

からかうように言うノブに「かもね」と返す。

「実はもう一つ、意味があるんだけどね」

僕の小さな呟きはチャイムで消えた。ノブは慌てて自分の席に戻り、担任が教室に入ってくる。

「ね、柳瀬」

「ん?」

萩岡がもう一度笑顔で振り返った。



「緑色の瞳、綺麗だね!」



君は知らない。知らずに、笑う。

緑は嫉妬、妬む色。



「ありがとう」

萩岡は満足げに頷き、前へ向き直った。ちょうどその時、こっちを向いたノブと萩岡の目が合う。萩岡はそれに嬉しそうに手を振り、ノブも笑顔で手を振り返す。

そして、その直後にノブは僕に視線をずらし、唇を歪めて笑った。


緑の瞳を燃やす僕を、笑った。



INISIBLE
(見えないトライアングル)(何も知らないのは、君だけだよ)


-end-



提出→反時計回り
お題→『緑色の瞳』

緑色が嫉妬、というのは実際にとある小説であったネタです。


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