「ねぇ、もし明日世界が終わるならどうする?」

彼女はそう聞いた。その問いの答えに、俺は彼女を見つめた。

「何、人の顔ジーッと見て。何かついてる?」

別に何もついていない。首を振ると彼女はつまらなそうに「あっそ」と呟いて前を向いてしまった。

学校にある一番大きなホール。そこに全校生徒が集められ、一番前のステージ上では教師が何かを喋っていた。彼女は俺の前の席。その後ろ髪から覗く白い首筋がやけに艶かしい。気を逸らそうとステージに目を向けると、ちょうど知らない人間が立ったところだった。

『初めまして、第56代地球生命体の皆さん』

アクセントがおかしい話し方をする。見た目もどこか違和感を感じる。でも何が変かは、わからない。

「誰、あれ」

彼女がまた振り向いて小声で言った。知らない。首を振ると彼女はつまらなそうに「使えないな」と呟いて前を向いてしまった。

『皆さん、これを見てください』

突然ステージの奥の壁が開き、高画質の大スクリーンが現れる。通常装備だ。なんせ今は、人が空中散歩を楽しむ時代。
画面に映し出されたのは原始人だった。次に中世の時代を過ぎて、どんどんと人間が進化していく。なんだ、この映像は。歴史の授業の一環か?
気がつけば場面は俺たちの時代になっていた。ふぅ、やっと終わった。

『今のが第1代地球生命体の映像です』

謎の男の言葉の意味を考えるよりも早く、画面が変わる。映っているものは変わったが、内容は先ほどと変わらない人間のこれまでの歴史。同じようなものを見せて、どういうつもりなのだろう。俺たちの時代が来た。そして画面は消えた。

『今のが第2代地球生命体の映像です』

まるで機械のようなアナウンスが入る。俺はここで嫌な予感を覚えた。
さっき、コイツ俺たちが第56代だとか言っていた気がする。ということは、俺たちはこれと似た映像を56回も見なければならないのだろうか。

「退屈」

彼女が振り返って言った。謎の男曰く、第12代の地球生命体の映像が終わった時だった。他の生徒ももうとっくに飽きていて、勝手に雑談を始まってしまっている。ざわついてまるで映像を見ない会場の様子に、しかし謎の男は何も言わなかった。

『今のが第25代地球生命体の映像です』

始まる映像。繰り返される歴史。切れる映像。

「これ、何か知ってる?」

わからない。首を振ると、彼女は「だろうね」と言ったが前には向き直らなかった。

「生物の授業とかでも見たな。こういったやつ」

人間は生まれつき、その遺伝子情報で文系か理系かを決められる。俺は文系だから生物は習っていない。それは彼女も知っていることで、当たり前のように説明をしてくれた。

「生物の進化の範囲でさ、地球が最初どうやってできて、それから生物が今の姿になるまでを勉強したの」

ふぅん。知った風に頷けば、鼻で笑われた。

「アンタわかってないよね、絶対。だからさぁ、なんかこう三葉虫とかアンモナイトとか、あと恐竜とかの勉強するわけ!」

今度はわかった。根っからの文系人間の俺でも聞いたことはある。要するに人間を含めた生物全体の進化史だ。

『今のが第43代地球生命体の映像です』

あぁ、そういえば映像鑑賞の途中だった。結局なんなんだ、この時間の目的は。眉を顰める俺を見て彼女はなぜか悲しそうに笑った。

「今、なんでこんなの見させられてるのって思ってるでしょ」

そらそうだ。というよりこのホールの全ての生徒がそう思っているはずだ。君も退屈だから俺と話しているんだろう?

「恐竜ってさ、何で滅びたんだろうね」

脈絡のないことを言う。そもそも俺に生物の問題を聞いたところで、答えられないのはわかっているだろうに。反応しない俺を見て、彼女は目を細めた。



「大量絶滅」



聞きなれない単語だった。聞いたことが無い単語だった。

「原因不明、目的不明、一世一代の大イベント」

彼女の視線がステージを向いた。見ると映像はまた俺たちの時代を映していた。

『今のが第55代地球生命体の映像です』

映像はもう切り替わらなかった。雑談していた生徒たちも静かになっていく。自然と集まった視線に、男は淡々と言った。

『本日午後0時をもって、第56代地球生命体の記録を終了します。皆さん、お疲れ様でした』

男はステージを下りた。ホールは騒然としている。待て、どういう意味だ。意味がわからない。

彼女が振り返った。



「ねぇ、もし明日世界が終わるならどうする?」



彼女は理解していた。俺は理解していなかった。
ただ黙って彼女を見つめる俺を見て、彼女は楽しげに笑った。



「私は今日の0時を過ぎるまで、君と触れ合っていたいよ」



深夜0時、全てを悟る。最後に思ったのは、彼女の白い首筋だった。


拙い抱擁さえ出来くて
(あわよくば最後に)(君の体温を知りたかった)


-end-



提出→exchatology
お題→『世界の終り』『拙い抱擁され出来なくて』

時々考えます。いつか核兵器(もしくはこれから発明されるそれ以上に凶悪な何か)で今の人類が全滅し、地球はまた歴史を繰り返すのではないかと。第三次世界大戦が起こることの無い、平和な世界がくることを願います。


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