眠るの、大好き。
授業中とか関係ない。いつだってどこだって眠たいなら寝る。

食べるの、大好き。
食べたいときに食べたいだけ食べる。それが一番おいしいんだもん。

男の子、大好き。
気に入ったら迷わず誘っちゃう。友達の彼氏とか、関係ない。

ねぇ、なんかいけないかな?
亜美(あみ)は、ただ自分の欲望に忠実なだけなの。


* * *



「亜美ー、アンタ寝すぎ。さっきの時間ずっと担任ににらまれてたよ?」

「あーそう?だって眠かったんだもんー」

「まーた夜更かし?」

厭らしい笑顔を浮かべて聞いてくれるのは亜美の数少ない友達、麻衣(まい)。
ていうかホント麻衣くらいしか友達いないかも。だって、麻衣くらいクレイジーじゃなきゃ、亜美と友達なれないと思うし。普通の女の子って、彼氏と遊んだよ、なんていったら怒っちゃうでしょ?
でも麻衣はほら、

「まーね。悪くなかったよ、麻衣の彼氏3号くん」

ハートマーク付きで返事しても怒るどころか楽しげに笑っている。

「ふは、アイツそんなうまかったっけ?久しぶりに会おっかなぁ〜」

有限実行、とばかりにキーホルダーがたくさんついてる携帯を取り出してポチポチ打ち出す。これは3号くんに早速連絡してるかも?良かったね、3号くん。亜美のおかげ。

「他にうまいイケメンいない?」

「2号悪くないよ、友達もイケてるし」

真昼の教室でクラスメートがたくさんいるにも関わらず、大声でこんな会話をする私達。周りの女子たちからは痛いくらい軽蔑の視線。男子は冷やかしと下心、て感じ?
これがいつもの日常、毎日。

「あ、なんかケーキ食べたくなってきた」

「えーイキナリ?てかこの前ケーキバイキング行って来たとこじゃん。体重やばくない?」

「でも食べたいしなぁ〜」

そう思った瞬間、もうすでに私の中では行くことは決定事項。それをわかってるからこそ麻衣も強く止めたりしない。ただきっぱり、私は行かないからね、ということは忘れない。

「ホント、亜美って欲望に忠実だよねぇ」

「何事も貪欲に!がモットーですから」

「最悪じゃん」

授業は寝て、麻衣と下品な話でげらげら笑って、帰りにケーキ食べて。私の毎日は、煩悩に溢れている。



「へー、今日は駅前のお店半額セールかぁ」

帰り道で駅に向かいながら、携帯のメルマガで安いケーキ屋さんをサーチ。ちょうど帰り道のまぁまぁおいしい店がセール中だ。これは行くっきゃない。よし、きーまり!
携帯を仕舞って鼻歌を歌いながら歩き出すと、隣を自転車が通り過ぎる。

「うっわ、山峰(やまみね)さんマジかわいっ」

「亜美ちゃんバイバーイ!」

二人乗りの男子が通り過ぎる時にそういっていく。それに可愛らしくバイバーイ、と手を振り替えしていたら今度は耳障りな声。

"何あのブリッ子。本当にオトコなら誰にでもいい顔するんだ"

"なんかすごい遊びまくってるらしいよ"

"援交してるとか"

"不倫" "尻軽"

私の周りは、そういう声が絶えない。まぁそんなのいちいち気にするほど繊細じゃないし。それに実際、男の子は好きだし不特定多数の彼らと触れ合うのも大好き。欲に忠実な私は、快楽にも忠実。ただ一つだけ言わせて欲しいのは、私にだって選ぶ権利はあるってこと。こっちだって誰彼構わず相手してるわけじゃない。例えばこいつ等のような、

「ねーねーカノジョ。かっわいーね、ちょっとお茶しない?」

「オレ等とアソブの、楽しいよー」

いかにも頭が空っぽそうな奴等。まったく、駅前はこういう輩が多いから困るんだ。亜美はカッコイイ男の子にしか興味ないっつの。

「待ち合わせしてるので…――」

「まぁイーじゃんイーじゃん」

そしてこういうタイプに限ってしつこい。仕舞いには勝手に肩や腰にまで手を回してくる。おえ、きもっ!
人通りも多いことだし穏やかに済ませようと思ったのに。イライラが最高潮に達してきたからよく使う強行手段にでることにする。

「本当に話してください、でなきゃ―」

そういって鞄に手を入れる。が、

(え、ちょっと待ってよ……)

絡んできた男達は一瞬警戒したように緊張する。けれど亜美が一向に何も出さないからハッタリだと思って先ほどよりも強引に腕をつかみ出す。一方、先ほどまでどこか余裕だった亜美の表情はどんどんこわばっていく。

(…無い。…マジで……?)

強行手段とは防犯ブザー。大抵はこれを取り出して押しますよ?といえば引いていったのに。よりによって持ってくるのを忘れるとは。わたしがまさかの失態に呆然としている間にも男達はおもむろにその身体を路地裏に連れて行こうとする。

(ちょ、そっちはホテル街っ……!)

このままじゃ、マジでヤラレルッ。それだけは本当に勘弁。けれど逃げようにも複数の男にガッチリと全身を固定されている。あくまでも自然を装っているが、これま紛れも無く連行だ。

「ちょ、やだっ……はなして!」

「大人しくしてろよ、おいそっちもっとちゃんと抑えろ!」

必死の抵抗もむなしく、とうとうあからさまにいかがわしい店先に到着してしまう。
やだ、いやだ、ほんとにやだ、……!!!
本格的に暴れだした亜美に一人の男が逆ギレをしてとうとう手をあげる。

「チッ、大人しくしやがれッ、このクソ女っ」

眼前に迫る手のひらに、衝撃を覚悟して目をギュッとつぶる。が、その瞬間亜美の耳の横をヒュッと何かが通り抜けた。それに驚いて目を開いた亜美が見たのは、自分のすぐ横を通り抜けた拳が目の前の男の鼻っ面をぶっ潰すところだった。そして流れるような動作で亜美の前に躍り出たのは同じ学校の制服を着る男子生徒。
その顔を確認するよりも早く彼は複数の男たちを伸していた。
覚えてろよ!なんて陳腐な捨て台詞と共に逃げるようにバタバタと走り去る足音。

た、助かった……。

力が抜けて崩れ落ちそうになるがなんとか持ちこたえる。そしてゆっくりと振り向いた男子生徒を見て亜美は全身に電撃が走ったような感覚に陥った。

意志の強そうな瞳に、薄い唇。どこか大人の色香を感じる綺麗な鼻梁と顎のライン。

(うちの学校にこんなカッコイイ人、いたっけ……?)

驚きながらも感謝の気持ちを伝えようと口をあけた瞬間、

「山峰亜美。アンタいくら男好きでもこんな昼間からはやめとけよ。目障り」

「……はぁ?」

とんでもなく失礼なことを言われた気がするのは気のせいだろうか。驚きすぎて反応できずに居る亜美を置いて、謎の男子生徒はそのまま立ち去った。

「って、ちょっと待ってよ!名前だけでも…、ていないし……」

慌ててその後ろ姿を追いかけてもすでに人ごみの中。助けてもらっちゃった……。



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