「姫、あぁ愛しい姫よ」

「お、お、お、王子様……!わ、わたくしも愛、愛、愛しておりま――」

「――ぷはっ」

あぁ、またか。と、思いながら演技をやめて振り返ると、相変わらず笑い転げている奴の姿。

「ちょっと、如月(きさらぎ)くん!毎回毎回どういうつもり!?」

頭に角を生やして鬼の形相で問う監督ことうちの学級委員長に、如月のヤローはまだ笑いで震えている指で私の方を指す。

「いや、だって姫?コイツが?……はっ、もう笑うしかねーじゃんか!」

「なっ……!」

笑いを噛み殺しながら言われた台詞に顔がカッと赤くなる。何よ!わたしだって好きでなったわけじゃないのに!
そもそも私自身だって疑問だったのだ。お世辞にも可愛いともいえないし、特別演技が上手なわけでもない。そんなわたしになぜ、この中学3年生の最後の文化祭の劇で、主役、それも姫、などという大役が与えられたのか。もちろん何度も抗議はしたが、なぜか最後にはうやむやになって結局はこうしてあと3日で本番のところまできている。

「それにさ、さっきの何?どもりすぎてて何言ってんのかわかんねーよ」

馬鹿にしたように笑いながら言う如月。うちのクラスは元から男女仲がそんなに良くない上に、如月が男子のボスみたいなものだから、他の男子はニヤニヤしてみているだけ。学級委員長を代表とした女子は何か反論しようにも出来ない様子。そこまでわたしの演技はひどかったのだろうか。思わず王子様役の井上(いのうえ)くんを振り返るが、井上くんも困ったように笑うだけだった。あぁ、あなただけは違うと思っていたのに……!
この男子と女子が軽く冷戦状態なこのクラスにおいて、井上くんはもはやオアシスのような存在だった。適度に男子の悪ふざけにも付き合うが、普通に女子にも優しい。それが表面だけを取り繕ったものではないことがわかるからこそ、男子にも女子にも好かれる。容姿はものすごく格好良いといったわけではないけれど、やっぱりなにか人を惹きつけるようなオーラを持っている気がする。とにかく笑った顔が可愛くて、爽やかで、密かに憧れてたりもする女の子は少なくない。この中学校ではちょっとした王子様みたいなものだ。だから彼が王子様なのはもう適役以外の何者でもない。それで言うなら、さっきの如月も適役だ。なんせ、魔王役なんだから。
物語としてはよくある感じの、魔王にとらわれた姫を王子様が助けてハッピーエンドで終わるアレ。あ、アレとか言っちゃ委員長に怒られる。脚本書いたの彼女なんですよ。
真っ黒で、寝癖なのか無造作ヘアのつもりなのかわからないうねった髪の毛に、切れ長な鋭い目。いつも意地悪く歪んでいる唇。笑うと八重歯がのぞくところがなんとも魔王っぽい。こうした適役続出な中、一体全体どうしてわたしが姫に選ばれたのか。どう考えても私が足を引っ張っている。そう思うと余計落ち込んでしまい、結局今日の練習は微妙な雰囲気で終わってしまった。

「真奈(まな)、そんな落ち込まないでさ」

「元気出して!」

片付けも終わって男子軍団も去った教室でみんなになぐさめられる。そんなに表情に出てたのかな。また少し反省。

「そうだよ、如月があんなの言うのなんていつものことじゃんか」

きっと委員長は励ましてくれているのだろう。そうわかっていながらも、その言葉が胸に刺さった。そう、如月がああするのはいつものこと。大根は大根なりに頑張って演技を練習して、やっとのことカット無しにエンディング、最後のシーンに近付くあの場面。ちょうどあの台詞に差し掛かった瞬間、奴はいつも笑い出す。

そして、

"お前が姫とか似合わねー"

"どもりすぎてて何言ってんのかわかんねー"

って簡単にわたしの心を傷つけていく。

ポンポン、と優しく頭を撫でる感触に顔を上げると、委員長が優しく微笑んでいた。

「わたし達は、姫には真奈しかいない!って思ったから推薦したんだからね?」

「そうよ、満場一致だったんだから!」

「だから、あんな奴の言う事なんか気にしちゃダメ!」

優しく微笑みながら言ってくれるみんなに、思わず笑みが零れる。

「うん、そうだね……。よしっ、明日もがんばろう!」

本番まであと2日。


* * *



「じゃ、真奈、また明日ね!」

「うん、ばいばい!」

曲がり角でみんなと別れて1人帰り道を歩く。年甲斐もなく乙女ちっくな物が好きなお母さんのおかげで家の外見もどこかメルヘンな感じ。そんな我が家のドアに手をかけた瞬間、隣の家のドアが開いた。

「おっ、真奈姫のご帰還ってか」

ニヤリと八重歯を見せて馬鹿にしたように笑う如月。脇にバスケットボールを抱えているから、近くの公園にでも練習しに行くのだろう。無視して家に入ろうとするわたしに奴はククッと小さく笑ってボールをつきながら走っていった。

「如月のバカ……」

呟く声は小さすぎて、風に紛れる。
あんな奴が幼馴染だなんて、信じられない。あれでも小さい頃は可愛いかっただなんて、信じられない。でも何よりも1番信じられないのは、あんな奴のことを小さい頃からずっと好きなわたしだ。

「陸(りく)…――」

数年ぶりに呼んだ名前は、まるでわたしの知らない人のように感じた。


* * *



「あ、井上くん!」

廊下で歩きながらなにやら委員長と喋っていた井上くんを呼びとめる。
今日で本番2日前。いつまでも勝手に決められたとか、大根なのに、とかうだうだ言っていられない。

「斉藤(さいとう)さん、どうしたの?」

「あのさ、今日の放課後に劇の練習に付き合ってくれないかな。いつも最後のシーンが出来てないしさ」

驚いたように少し目を丸くする井上くん。でも横で成り行きを見守っていた委員長にひじで突っつかれて、ようやく慌てたように頷いた。

「うん、いいよ。じゃあ終わったらここで」

「わかった、ありがとう!」

そしてその日の練習も予想通り、ハッピーエンド直前に如月と男子軍団が打ち合わせでもしていたかのようなタイミングで邪魔をして、あやふやに終わってしまった。

「じゃ、お2人さんがんばってねー!」

「明日の練習、あつーい演技楽しみにしてるよー!」

早々に男子が去った後の教室。井上くんと2人で残って練習すると伝えたら、女子の皆さんは何を勘違いしたのか、何やら意味深な言葉を残して帰って行った。



←|




桜宵 ( main home )