窓の外を横切る鳥を目で追いながら小さくあくび。空は薄い灰色で、少しだけ肌寒い。衣替えの季節も過ぎて思ったよりも大きかったカーディガンは手の先まですっぽりと包み込んでしまう。暖房をつけるにはまだ早くて、窓を開けるには肌寒い季節。
もうすぐ、冬がやってくる。

「美緒(みお)、眠そうだねー」

授業中だからと小声で話しかけてくるのは隣の席の友人、紗奈(さな)。

「んー」

なんて生返事をしながらも窓から視線をそらさない。その理由を知っている紗奈は心得たようにちょっと笑って黒板の方を向いた。
相変わらずの灰色の空。外の景色になんて、興味は無い。今日もわたしは見つめ続ける。窓に映る彼の横顔を。

「高校生活も、あと少しだね」

休み時間になっても窓から目を離さないわたし。紗奈は気にした様子もなく話し続ける。

「そうしたら、みんなともバラバラだなぁ…」

窓に反射する紗奈の寂しそうに溜め息をつく横顔を見て、気分が沈む。そうだ、もうすぐ2学期も終わってしまう。そしてわたしたち高校3年生の卒業が迫ってくる。
そしたら、この窓に映る彼ともお別れに、なってしまう。

「斉藤(さいとう)くんとも、もうすぐお別れになっちゃうね」

まるで心の中を読んだような紗奈の言葉に、思わず振り返る。そこにはいつもの微笑みはない。まっすぐに見つめられる。真剣な瞳。

「ねぇ、美緒。このままで、いいの?」

このまま何も伝えずに、離れちゃっていいの?
紗奈の言葉に、気持ちに少し苦笑して首を振る。そんなわたしを紗奈は心配げにみていた。

でも、本当にいいんだよ?わたしは彼と仲良くなれなくても、彼に気持ちを伝えられなくても。こうして窓に反射する彼の寝顔を見ていられるだけで、幸せいっぱいなんだから。そうだよ、ね?

7時間目の授業が終わると同時に、クラスの面々は早々に鞄をもって帰っていく。受験勉強が忙しいんだろうな、と他人事のように思ってしまうのも仕方が無い。わたしはもう推薦入学が決定してしまった口だ。

「美緒、もう帰る?」

「そうだね。あ、でもその前にちょっとトイレ寄っていい?」

「わたしもロッカーに行きたいし、後で昇降口で落ち合おっか」

紗奈の言葉に頷いてトイレに立つ。目の端に捉えた斉藤くんは、まだ夢の中のようだ。長身な彼には似合わないようなあどけない寝顔にくすりと笑ってしまう。




「思ったより時間くっちゃった……」

トイレから出てきた後に友達に捕まってしまい、しばらくおしゃべりをしていたのだ。気がつけば紗奈と分かれてから結構立つ。絶対待たせちゃってるよ!
急ぎ足で教室に戻り、ガラリとドアを開ける。すると、そこにはなぜかわたしの席に座った斉藤くんがいた。

「、え?」

思わず驚きの声が漏れる。その声が聞こえたのか、斉藤くんはこちらをゆっくりと振り向く。

「朝倉(あさくら)、この席いいね」

「あ、うん」

突然話しかけられて、マヌケな返事をしてしまう。うん、てなによ!?うん、て!?話続かないじゃない!!!
心の中で激しく自分に突っ込みながら、ゆっくりと歩み寄る。鞄を取らなくちゃ。

「あの、さ」

わたしが近付いた拍子に斉藤くんは小さく呟いた。

「、ん?」

自分に話しかけられたのか自信が無くて、返事が遅れてしまったけれど、斉藤くんは俯いたまま。どうしたんだろう?

「えーと、朝倉ってさ、その…彼氏とか…いたり、すんの…?」

少し頬を染めて、真剣な目で聞いてくる斉藤くんの言葉に思わず赤面。

「い、いないよ!」

無意味に目の前でブンブンと手を振りながら否定する。斉藤くんはそれをみてあからさまにほっとした顔をした。

「じゃあ、好きな人は?」

続けて聞かれた言葉にまさかあなたです!といえるはずもなく、曖昧に首を傾げてしまう。

「ん?それ、どっち?」

え、えぇと、どっちだろう…どうしよう…。

「あー俺には言えねぇよな、うん。まあいっか」

黙ったままのわたしに気まずさを感じ取ったのか、斉藤くんは納得したようにそういって立ち上がってしまった。

「じゃ、俺も帰るかなー」

そういって自分の鞄を取って教室から出ようとする斉藤くん。

あ、どうしよう…帰っちゃう…!
普段は滅多に喋るチャンスなんてないのに。

"ねぇ、美緒。このままで、いいの?"
昼頃に紗奈にいわれた言葉を思い出す。

このままでいたら、明日からはまた窓から彼を見つめるだけの日々。このままで、いいの?

やだ、よくない!

いままではこのままでいい、彼を見ていられるなら、それだけでいい…って思ってきた。思い込んで、きた。でもそんなの、ただ自分に嘘ついてただけだ。

「さ、斉藤くん…!」

叫び声にも近いわたしの声に、ちょうど教室から出ようとしていた彼は足を止めた。

「ば、ばいばい!」

「うん、ばいばい」

ガララララ、バタン。ドアが、しまった。

うん、我ながらもっと違うことはいえなかったのかよ、みたいな。でも自然と笑みが浮かんでしまう。明日からはもっと勇気をだしてみよう。もっと、話しかけてみよう!

そんなルンルン気分で教室を出た私は、すっかり昇降口で紗奈を待たせていたことなど忘れてしまっていた、とさ。


ただ、見てるだけ。それだけでいい、なんて嘘。


Be rave!
(とりあえず彼氏はいないんだな)(とりあえず明日はがんばって話しかけよう)((…よしっ))


-end-



提出→君に賭けた結末。様
お題→『それだけでいい、なんて嘘』

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