絶対絶命。まさにその状態。

慣れない電車を乗り継いで4時間、降り立った駅は見たことも聞いたコトも無い名前。
地元でもださいと評判の紺ブレザーに身を包んで突っ立っているわけだが、これがとてつもなくやばかったりする。駅前の時計が指す時間と自分の腕時計の示す時間の間に明らかな差異が生じている。約10分ほど、自分の腕時計が遅い。まぁそのことが原因で電車の乗り継ぎでも戸惑ったのだが。問題はそこではなく。

「ありえない」

今日が人生において最も大事な日、大学受験だったりするところだ。
この駅から受験会場である会場はどう急いでも20分はかかるらしい。しかしあと10分で受付終了。さらに自慢ではないがどうやらわたしはものすごく方向音痴だとか。などと色々考えて余分に時間をとってきたはず、なのに!
朝は目覚まし時計がならないし、腕時計は遅れてるし、電車はスリップして遅延するし…エトセトラ。どうやら神様はわたしに不戦敗させたいらしい。

もう、諦めようかな。いや、じゃあこの1年間の努力はなんだったんだ。でも、間に合いっこないよこんなの。

だとかいろんなことが脳内でぐるぐる回るわたしの前を、スーッと自転車が通り過ぎた。

「…………自転車!!!!」

思わず叫んだわたしに、自転車に乗っていた男の人は驚きながら急ブレーキをかけて止まった。染めました的な金髪が目に眩しく、年は20くらい。でもちょっと童顔ぽいから自信ないかも。

「な、なんやねん!自分!」

初めて生で聞く関西弁に関心しかけたが、それどころじゃないと思い出し慌てて駆け寄る。

「自転車貸してください!でなきゃ死にます!」

わたしとしては自分の気持ちを極々完結に述べたつもりだが、なぜか相手は顔面蒼白になり焦りだす。

「何いってんねん、自分!死ぬとかんな軽々しう言うたらあかんて」

しかし残念ながらそんな説教、いまのわたしにはどうでも良い。こちらは一刻を争う大戦争の真っ只中なのだ。

「GIVE ME BIKE!」

なぜか英語で叫んで襲い掛かるわたしと思わず後ずさる関西弁の男。

「わ、わかったから!自分ちょい落ち着きぃ!」

肩をガシッとつかまれて押さえつけられる。
あーもう時間が無い!
そんなわたしの焦りを感じ取ってくれたのか、男の人はサドルにまたがるや否やすぐ後輪をこっちに向けた。

「何ぼーっとしとんねん!行くで、はよ乗りぃ!」

その意味を理解するよりも早く身体は動き、気付いたらまだ知り合って3分も満たない男の背中にしがみついていた。なぜだかわからない、妙な安心感。

「目的地、言うてみぃ。ここらは俺の領域(しま)やから、どこまでもかっ飛ばしたるでー!」

陽気に言う男の人に励まされるようにわたしは迷わないようにと何度も脳内シュミレーションした大学までの地図を思い浮かべる。

「じゃあ、とりあえず次の交差点を右に!」

「了解!」

勢い良く滑り出した自転車に二人乗り。かっ飛ばすと豪語していただけあって、いままでに体験したことのないスピード感だ。ぶっちゃけ、自転車ではありえない。だから、

「いいいいやあああああああ!!!」

なんて叫び声があがってもしょうがないと思う。

「ちょ、自分それやめてくれん!?マジでポリ公来るから!!」

わざと面白おかしく言う男の人がやっぱり面白くて、受験の緊張なんて忘れたように笑ってしまった。そして驚くべき速さで自転車は角を曲がりに曲がって突如キーッと派手な音を立てて止まった。

「つ、ついた…!」

「目的地って…この大学やったんか……」

息も荒く汗をぬぐう様子の男の人を端目に慌てて時間を確認すると試験開始5分前。
ききき奇跡だ……!

と言っている暇もなく大学に駆け込む。

「がんばりーやー!!!」

背後からの大きな声援にとても救われた気がした。


GIVE ME IKE!
(あの時の自転車の人、今どうしてるのかな)(呼んだ?)(って同じ大学!?)


-end-



提出→愛と涙様
お題→『二人乗り』

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