あぁ、神様。一体これはどういうことなのでしょうか。
僭越ながらもわたくし、佐崎美紅(ささき・みく)はこの17年間慎ましくも粗相のない人生を送ってきました。えぇ、はいそれはもう。程ほどに仲の良い父と母の間に生まれ、平均的なランクの家に住み、これまた平凡な遺伝子のおかげで平凡な容姿と頭脳を持ち合わせ、しかしそんな凡庸な毎日の中にも些細な幸せを見つけ極々ささやかに暮らしてきた、というのに……!

「アンタ、うざい」

だとかいきなり言われるわけがわからないです!

小さな抗議を試みて視線を足元から上げてみたは良いがすぐに断念。なんせ相手は今時な鬼教師すら黙らす天下の不良様!其の名も獅子堂雷(ししどう・らい)。
なんか無駄にごつい………あぁ、だから睨まないで!怖いから!
なのにその当人といったらなんですかこの詐欺ヤローと言ってやりたいくらい(もちろん実際に言える訳がない!)の美人さん。女子がうらやむそのほっそりした体形で毎回毎回一体どうやってごっつごつの巨大なお兄様たちをなぎ倒していらっしゃるのでしょう!?

「おい、聞いてんのか」

ジャリと砂を踏みしめてまた一歩距離が縮まっ…っていやああああああ!!!
近い!なにこれ、なんか近い近い誓い近い!なんか違うの混じっちゃったけど気にしない!

お約束のような校舎裏に呼び出されて、相手が相手なだけにビクビクする私から前方20センチ。うわお、膝が笑ってるよ!
だとか冷や汗をかいていたら突如ものすごい音がして右隣の壁が陥没した。

まぁ確かにね、石造りの壁とかというわけではないけどさ、一応倉庫の壁なのね、そこそこ硬いはずなのね?なのにさぁ、陥没ってぇ…………。

完全に涙目な私を見て獅子堂くんの目つきはさらに鋭くなる。

「なんなんだよ、お前……」

それはこっちの台詞だー!と心の底から叫びたいところだがもちろん言えるわけもなく、そもそも唇まで震えちゃって喉も掠れちゃって声なんて出なさそう。

ていうか今日までわたし獅子堂くんと接点なんてなかったよ!?
強いて言うならいま一応同じクラスっていうだけだけど、獅子堂くんはまったく学校こないし、むしろ今日初めて近くで見たし。なのにいきなり呼び出されて『うざい』……。

「な、んで………」

やっと搾り出したかのようなわたしの声に、獅子堂くんはピクリと反応して黙る。
まるで続きを待ってるような。

「…うざい、て……」

最後まで言い切る勇気もなくて中途半端なところで切れてしまう。でも意味は伝わったようで、獅子堂くんは鋭い目つきのまま、

「だって、あんたムカつく」

とか言う。って答えになってないよ!
しかも『だって』とかちょっと可愛いじゃんかもう……とかごめんなさい嘘ですそんなこと思ってないから睨まないで!
とか思っていたら今度は右隣に叩きつけられた拳がゆっくりと近付いてくる。思わず恐怖に目を閉じた瞬間にその手はそっと頬に触れていて、なぜかものすごく震えていた。

え、と思い目を開けてみると、そこには先ほどまでの鋭い視線をした獅子堂くんじゃなくて、なぜかすごく苦しそうな切なそうな顔をした獅子堂くんがいた。

「し、しどーくん……?」

戸惑いがちに呟くと、獅子堂くんはずっとわたしを睨みつけていた目線を少し下げ、左手を自分の胸に持っていく。

「ムカつく、あんた」

「、うん」

さきほどの恐怖はなぜか薄れていた。むしろ頬に触れながらかすかに震えているこの手をどこかしら愛おしく感じる。
なんだこれは、新手の詐欺か!…いやいやいや、もちろんうそですよ!

「あんた見ると、痛い」

「……う、ん?」

不良界のトップに立つような男が、まるで小さな迷子の仔犬のような目をして目の前に立っている。

「心臓、痛い」

「うん」

なんかもう、無理かもしれない。そっとわたしの左手で彼の右手に触れると、彼はまたピクリと反応して目線を上げた。まるで傷ついた野良猫のような警戒した瞳。気付いたらわたしはまるで彼を安心させるかのような笑みを浮かべていて、

「わたし、もっと獅子堂くんのこと………知りたいかも」

そういっていた。

平凡な幸せとはサヨナラ。でもなぜか確信できる。きっとこれからはもっと幸せな日々が待っている、と。



恋愛的福論
(あの時の雷くんかわいかったなー)(はぁ?調子のんな)(照れない、照れない!)


-end-



提出→運命にズルしても様
お題→『学校イチの不良少年に目をつけられました』


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