毎朝7時過ぎの電車。前から二車両目の真ん中の扉のすぐ横の空間。私が乗るときにはもうすでにいて、私の降りる駅よりももっと先の駅で降りる人。
ブレザーの胸元についているエンブレムから、友達は隣町の有名進学校の制服だと教えてくれた。

襟足長めな黒髪も、涼しげな目元も、高い鼻梁も、薄い唇も、そのすべてが、私を惹きつけてやまないんです。


あ、今日も乗ってる。
古めかしい図書館の匂いがする文庫本を少しだけ下げてちらっと見遣る。
なんか今日は眠たそう。わ、あくびした。………なんか、かわいいかも。
ポケットから出した携帯を鬱陶しげに見つめる。機械とか嫌いなのかな?ウォークマンとかも使ってるところ見たことないや。
そしてあとは目を閉じて、電車の振動に身をゆだねる。


カタン…コトン……―


学校のある駅名がアナウンスされて、文庫本を鞄にしまいこむ。
今日もいつも通りの彼を見れて大満足。
自分でもちょっとストーカーちっくだと思うけど、朝のこの数分間しか共通点がないのだから許してもらいたい。
彼の立つ前を通り過ぎて駅に降り立つ。

私が毎朝、この一瞬にどれだけの神経を費やしているかなんてきっと彼は知らない。
このすれ違う一瞬が、永遠にも感じられるくらいだなんて、きっと彼は知らない。

少しだけシトラスの香りが鼻を掠めるこの一瞬。


* * *



一目惚れして、片思いが始まってからそろそろ2年たつ。

今時なおさげに膝下スカート。これまた学校が由緒正しい古くからの女子高で、制服もセーラー服。そして小さい頃から読書が大好きだった私は当然のように眼鏡常備。
自分でもギャグかと思うくらいの地味の代名詞ともいえる格好。
指定の茶色い革鞄を持って今日もいつもの電車に乗る。

「、あれ?」

思わず出てしまった呟き。だって、彼がいない。
いつも眠たそうにドアの横に寄りかかっていた彼が。
この2年間経ってはじめての事態に肩を落としながらもいつもの席に向かう。
彼のことが人ごみの合間から上手い具合に見えちゃう位置。
少しだけ込み始めた車内を進んでいつもの席に座ろうとすると、

「―……え?」

本日二度目の呟き。
そこには腕を組みながら少し俯いて目を閉じている綺麗な男の子、もとい彼。


カタンコトン

電車が揺れる


どうして今日はいつもの場所にいなかったの?とか。
どうしてその席に座っているの?とか。
もしかして、私の視線に気付いてた?とか。

色々気になることはあるけれど。


カタンコトン

電車が揺れる

ドキンドキン

胸が高鳴る


ぼんやりと見つめていると、彼のまぶたがうっすらと上がって…―

「…いつも、ここに座ってる子…だよね?」

初めて聞いた声は少しだけ掠れていて、まともにあってしまった目線がはずせない。

「、はい」

だからそう返事するのにもういっぱいいっぱいで、彼の次の言葉に思わず失神しかけた。

「明日から一緒に、登校してもいい?」

「………へ?」

目を丸くする私に彼は少し眉をひそめる。

「喋り、苦手」

「えと、はい……?」

なんとも返事しがたい。
どうやら彼はとてもマイペースなようだ。
ちゃっかりと心の中でメモに書き留める。

彼の呟きのような声は途絶えない。

「入学してから、一緒の電車」

「そうです、ね」

私も2年前に入学したから、同い年なのかな。新情報ゲット!

「良く、見てる」

え、うそ…ややややっぱりバレてた……!?
どどどどうしよう!?

「俺が」

「え、あれ、何をですか?」

「あんたを」

う、ん…?
もしかして私、ガン見しすぎてとんでもない顔してたんじゃ…。

ショックを受けていると彼は不思議そうな顔をして、続けた。

「とりあえず、気になったから」


カタンコトン

電車が揺れる


あ、もうすぐ降りる駅だ…。


ドキンドキン

胸が高鳴る


「名前、教えて」


カタンコトンは胸の
(こんなのまるで夢みたい)(一目惚れなのは、お互い様)


-end-



提出→ピンクの魔法様
お題→『一目惚れ』『電車』


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