今日は城之内がうちに遊びに来ていた。
いつものように何気ない話やカードの話をしていると、ふと、城之内が真剣な表情を浮かべ私を見つめる。

「江音子、どうした?」

「え?」

「何か、あったろ?」

決して視線を逸らすことの出来ないような真っ直ぐな目。
私はその目に吸い込まれそうな感覚を覚えつつ、精一杯の笑顔を浮かべた。

「何もないよ。城之内こそ、急にどうしたのそんな真面目な顔になって」

自然に、笑えてた、よね?
しかし私を射抜くように見つめる城之内は、眉をハの字にして哀しそうに笑い、

ずきん…

あ、

「そっか。なら、いいんだ」

傷つけた…。

「じょうの…うち…」

無言で私の頭を撫でる城之内に呼びかけるも、城之内は私を見ないし、私も何も言葉が出ない。

カチ、カチ、カチ

部屋に置かれた時計が一定のリズムで音を奏でる。
普段気にもならないようなこの時計の音が、まるでこの空間を支配しているようにも思えた。

「……」

時計の音を聞きながら、私は城之内の横顔を見つめる。
いつしか時計のリズムと同調するように、私の心臓もどくん、どくん、と脈打った。
心臓から血液が流れ出て、私の体の中を駆け巡る。
早くなってゆく鼓動と共に、やがて私は少しずつ体の温度が上がっていくのを感じた。
噴き出す汗はたらりと額を伝い、頬に流れる。

謝らなきゃ。

そう思っても、言葉が出ない。
確かに、私の胸の中には、最近様々な不安が渦巻いていた。
何ともないように振舞っていたが、ずっと私と一緒にいてくれた城之内だからこそ、私の変化に気付いてくれたのだと思う。
昔から何かあればお互いに相談し合っていたはずなのに、今回、私は城之内に嘘を吐き、平気なフリをした。
しかし、城之内に心配かけちゃいけない、と思った私のその行動は軽率だったと、すぐに気付いた。

ずっと一緒に笑い合い、泣き合った存在が自分を頼らない、もう自分は相手にとって必要とされない存在になってしまったのか。
私が城之内の立場だったら、と考えれば彼の気持ちは簡単にわかったはずなのに。

気付けば、城之内がこちらを向き、私の頬に指を当てていた。
哀しそうな笑みは浮かべたままで、彼は指を頬から目元に滑らせる。

「ごめんな」

涙が、出そうになった。
いや、私の頬はすでに湿っていた。

目の前の城之内が霞む。
私の目から零れ落ちる滴を城之内が拭い取ってくれているのに、私の涙腺はおかしくなってしまったのだろうか、一向に滴を止めてはくれない。

何で、城之内が謝るの?謝らなきゃならないのは私の方なのに。

口を開いてもそこから音が漏れることはなく、私は再び口を詰むんで、視線を下げた。

「江音子」

城之内の呼びかけに肩がビクリと震える。
優しい声色に恐る恐る視線を上げると、城之内は声色と同じように優しい表情を浮かべていた。

私の名を呼んだ後、彼は何も言わない。
だけどその一言で、私は心の中が酷く掻き乱される感覚に陥った。

「ごめん、なさい」

絞り出すように口から出た謝罪の言葉は私のものだった。
きっと城之内は私から突き放されたように感じただろう、そんなことない、頼りにしてる、声にならない感情を城之内に伝えようと、私は城之内の胸に顔を埋める。

それからは、ただただ一生懸命だった。
今まで不安に感じていた気持ちをぶつけるように言葉にし、城之内に伝える。
城之内は黙ったまま、落ち着かせるようにずっと私の背を撫でてくれていた。




「辛かったな」

私の抱えていた不安を全て出し切った後、城之内は一言、そう言った。
体裁などではない、本心からの言葉。
私のことを一番わかってくれている城之内の言葉は、私の心の中に深く、じんわりと染み渡る。

「話してくれてありがとう、江音子」

城之内が微笑んだ。
その微笑みは先程の哀しみを帯びたものではなく、彼がいつも浮かべる、太陽のように温かい笑みだった。

それにつられ私の心の中も次第に温かくなっていく。
それと共に自分の頬が少しずつ緩んでいくのも感じた。

今彼に伝えたい言葉はただ一つ。



ありがとう





誰だって悩む時はあると思う。
夢主が悩んでる時は、城之内が気付いて支えてくれていたら良いなぁ、と思います。


(20100320)


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