おつかい!
カゴメタウンのポケモンセンター。
その宿泊施設の一室に「ひゃあ〜〜っ!?い、イーブイ、しなないでえ〜〜!」という、どこかおっとりとした声色のせいで緊迫感が薄い声が響いたことが、この日のきっかけであり、始まりだった。
夏にも関わらず他の街よりもどこかひんやりとした冷気が漂うカゴメタウンで朝を迎えたメイは、たまにはみんなで朝ごはんを作ろう!と提案し、キッチンに立った。
メニューは、ホットサンドだった。
昨日買ったばかりのパンに挟む具材は野菜やきのみやハムや卵エトセトラ。
「他に何がいいかな?」
「エア〜〜ッ!」
「あぐっ。」
ポケモンたちの要望も聞こうとしたメイの脇腹にスイーツを所望するエアームドのおねだりによるくちばしが突き刺さる。
鋭利な刃物を刺されたような衝撃にメイが呻き、ひっくり返りそうになるのをフタチマルに支えてもらった。
当のエアームドは、プルプルと痙攣するメイをよそにギャアギャアと金切り声で騒ぎ立てる。
「うう……エアームド、ひょっとしてまたポフレ、食べたいの?」
「エアァ!」
「うーん……。」
エアームドが望むスイーツといったら、見た目も可愛くて味も甘くて美味しいポフレが主だった。
以前、手持ちたちと行ったお店で食べてからすっかりハマってしまったらしいが、メイは痛みと相まって渋い顔で唸る。
フタチマルの迅速な手当てを受けながら、メイはエアームドに苦笑を向けた。
「でも、さすがにわたしもフタチマルもポフレは作れないわよー。」
「エアー!?」
メイだって、エアームドが食べたいものを食べさせてあげたいのはやまやまなのだが、こればかりは仕方ない。
作り方のレシピも手元にはないため、今回はあきらめてもらうしかないのだ。
ともすれば、怒りだしそうなエアームドをフタチマルになだめてもらい、メイはそそくさと朝食の準備を進めることにする。
「リュウ〜。」
「あ、デンリュウ、ありがとう!きのみ、たっぷり挟んで食べようねー。」
「デーンデーン。」
きのみ袋をハイとメイに手渡すデンリュウ。
食いしん坊な彼女は特に具材にこだわりはないらしく、とにかくたくさん食べたいとお腹をさするものだから、こんなコがいてくれるから料理が得意でないメイにも"作り甲斐"というものが生まれるのだ。
張り切ってホットサンド作りに取り掛かるべく、準備を終わらせたところで「あ!」とあることを思い出す。
「そうだ!トマト、トマト!」
ベジタリアンなフタチマルや、他にイーブイの大好物でもあるトマトを入れ忘れるところだった。
さっそく用意しなくちゃ!とメイが笑顔で振り返った――――その先で、真っ赤な液体にまみれたイーブイがちょこんと座っていた。
一瞬の間を置いた後、メイは釣り上げられたバスラオのごとき勢いで飛び上がる。
「ひゃあ〜〜っ!?い、イーブイ、しなないでえ〜〜!」
「ブイ?」
「フタ、フタチフタチ。」
何言ってんだコイツ?というようなイーブイの視線とフタチマルの「いや、しんでない」という冷静なツッコミがメイに向けられる。
フタチ、とフタチマルがイーブイの周囲に散らかるモノを指差すと、メイはおろおろとしながら状況の確認を急ぐ。
食い散らかされてたトマトの残骸。
それは、イーブイのつまみ食いによるものだった。
ふさふさの真っ白な襟巻も口元もべったりとトマトの汁で汚れており、本人はぺろりと舌で口端を舐めると、大変ご満悦な笑顔でブーイっと鳴いた。
尻尾まで振っている様子に罪悪感はどこにもないようで、フタチマルはハアとため息を吐き、メイはイーブイがケガをしたわけではないことがわかると、慌てて傍へ駆け寄った。
「イーブイ〜〜!めっ!」
「ブイ?」
つまみ食いを怒られても、よくわかっていないイーブイはきょとんとしている。
その少し離れたところで食い荒らされたトマトを眺めていたゾロアにメイが顔を向けると、彼は突然メイと目が合ったことで耳をピンと直立させた。
「ゾロアも近くにいたなら止めてよ〜!」
「…………。」
そう言われるも、気まずげに視線をそらされるだけである。
このままでは暖簾に腕押しにしかならないことを察したフタチマルになだめられ、メイは渋々立ち上がる。
残念ながらトマトはイーブイの食べかけしか残っておらず、トマトを具材にするのはあきらめて、ホットサンド作りに取り掛かるのだった。