仲違い
鍛練後、文次郎が長屋の自室に戻ろうと廊下を歩いていると、足下で何かが割れる音が聞こえた。
何か踏み潰してしまったと思うと同時に、向こうから仙蔵が歩いてくるのが見えた。
風呂上がりなのか髪は濡れ、何かを探すように注意深く足元を見ている。

「仙蔵、何してるんだ?」

「ああ、文次郎か。この辺りで櫛を見なかったか?」

「櫛?いや、見てないが」

「そうか。恐らくこの辺りで落としたと思ったのだが」

嫌な予感がした。
恐る恐る片足を上げてみると、そこには予想通り、仙蔵が愛用している櫛が無惨な姿で横たわっていた。
仙蔵の視線もそれに向けられたことが気配で察せられた。
恐ろしくてその顔を見れそうになかったが、覚悟を決めて顔を上げると、仙蔵は眉を吊り上げ怒り心頭な様子……ではなかった。学園一冷静と称される彼にしては珍しく、茫然自失といった体で、ただただその櫛を見下ろしていた。
それからだった。仙蔵が文次郎と口を利かなくなったのは。
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