ほる
こんな同室者を見た。

珍しく穴も掘らずに忍たま長屋の部屋に籠もって、喜八郎は淡々と鏨を小さな木材に振り下ろしていた。しかし、その木材が何かを形作ることはなく、木片のみが辺りに散らばっている。ほうぼうに散らばる木片の量から、犠牲になった木材が一つではないことがわかる。
やがて、木材は使い道がないくらい小さな欠片になってしまった。興味なさげに喜八郎がそれを払い、新たな木材を掴んだところで、戸口で立ち尽くしていた滝夜叉丸は声をかけた。

「さっきから何をしているんだ」

「仁王像をほろうとしてる」

顔も上げずに喜八郎は答えると、真新しい木材に鏨を降ろした。その手付きはひどく適当で、とても彫像を掘っているようには見えない。

「それでどうやって彫る気なんだ」

「大丈夫、ほるのは得意だから」

「字が違うだろ、字が」

穴堀り小僧の異名が示す通り、喜八郎が得意なのは“彫る”ことではなく“掘る”ことだ。
しかし、喜八郎はどっちも似たようなものだと軽く流した。
音以外に似てるところはない。
滝夜叉丸は嘆息した。この同室者相手にため息を吐いたのは何度目だろうか。数えるのも馬鹿らしい。

「鰹節を彫った方が、まだ有効活用出来そうだな」

「鰹節の中に仁王像はないと思うよ」

とんちんかんな返答に、滝夜叉丸は思わず間の抜けた声を漏らした。

「知らないの?彫刻家は木の中の仁王像を掘り出しているって」

「誰に聞いたんだ、その話」

「立花先輩」

確かに、そういった故事はある。
だが、何故十三にもなって真に受ける。何故、それを実行しようとする。

「喜八郎、それは嘘だ」

「知ってるよ」

「なら、何故こんなことをしているんだ!?」

類い稀なる頭脳をもってしても、喜八郎の行動は訳がわからなかった。
この同室者の行動はいつも理解に苦しむ。

「無理だとわかっていても、挑戦することに意義があるんだよ」

「適当にそれっぽいことを言うな」

「まあ、でも、やっぱり掘るのとは違うか」

飽きたというように鏨を放り投げると、喜八郎は壁に立て掛けていた鋤を手に取り立ち上がった。そのまま部屋から出ていこうとする喜八郎の襟首を滝夜叉丸は掴んだ。
肩越しに喜八郎が振り返る。

「喜八郎、どこへ行く気だ」

「穴堀り」

「掃除してからいけ!」


元ネタは夏目漱石の「夢十夜」なのですが、あまり関係なくなりました。
「夢十夜」はこんな話ではありません。
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