おそろい
「紡、髪少し伸びたね」
都会のアパートまで訪ねてきてくれたちさきとソファでくつろいで茶を飲んでいると、ふいにそんなことを言われた。
ちさきが手土産に持ってきた蜜柑大福を呑み込み、紡は自身の髪に触れる。言われてみると、少し長くなったかもしれない。そういえば、ここのところ忙しくて散髪にも行けていなかった。
「そろそろ切りにいかないとな」
「そうだね、はやめに予約しなきゃだめだよ」
ちさきは姉のような口ぶりで苦笑すると、そっと紡の髪に触れてきた。伸びてきたとはいえ前とたいして変わらないだろうに、そんなに気になるのだろうか。指に絡めたり梳いたりする動きはどこか楽しげで、少しくすぐったかった。
「頑張れば三つ編みにできそう」
「そうか?」
「うん、ちょっとやってみてもいい?」
悪戯っぽく輝く瞳に覗き込まれる。なにがそんなに面白いのかはわからないが、別段拒むようなことでもないので、ああ、と頷いて好きにさせることにした。
すると、ちさきは「じゃあ、ちょっと待ってて」と手を伸ばしてバッグを引き寄せ、ポーチを取り出す。そこから小さな櫛を手にとると、丁寧に紡の髪を梳きはじめた。
「うーん、やっぱりちょっと傷んでるね」
「昔から海にでることが多かったからな」
「あんまり気を遣ってないしね。それでこのくらいですんでるのは体質かな。おじいちゃんもすごく傷んでるってわけじゃないし」
鴛大師にいた頃は祖父の手伝いで毎日のように漁にでていたし、今も大学内での講義の方が多いとはいえ調査のために海に行くことはよくある。あまり頓着していないのもあって長年潮風に晒された髪は傷んでおり、時折櫛が引っ掛かった。
それでもちさきは楽しげに紡の髪に触れてくる。ちさきの髪の方がさらさらとして柔らかく、触り心地がいいのに。
ちさきは櫛を置くと紡の髪を一房とり、真剣な顔で編みはじめた。普段は易々と自分の髪を編んでいるが、やはりこの短さだと難しいのか手こずっているようだ。何度もほどいては、また最初からやり直している。だが、しばらくじっと待っていると、「できた!」と声を弾ませた。
「見て、うまくできたでしょ」
ちさきはポーチからコンパクトミラーを取り出すと、得意げな顔で紡に差し出してきた。受け取り、自身の頭を鏡に映す。と、サイドに小さな三つ編みができていた。意外にも綺麗に編まれていて、へえ、と紡は声を漏らす。
「器用だな」
「まあ、慣れてるからね」
いつも通り左サイドで編んだ自身の髪を摘まみ、ちさきはふわりと笑みを浮かべた。
「おそろいだね」
そう言って綻ぶちさきの顔があまりにも嬉しそうで、あどけなくて、気付けば手を伸ばしていた。
ちさきの手の上から三つ編みにそっと触れる。滑らかで柔らかい。そのまま顔を寄せて口付けると、ちさきの瞳が大きく見開かれた。
「なっ、いきなりなに!?」
「可愛かったから」
「えっ!?」
「だから、もう一回」
真っ赤になった頬を撫でてねだれば、ちさきは逃げるようにぎゅっと目蓋を閉じた。けれど、実際に逃げることはない。そのことに同じ気持ちなのだと改めて実感して、紡はもう一度唇を重ねた。