バレンタイン×ハート
バレンタインデーの前夜、ちさきはできあがった生チョコをラッピングしていく。幼馴染たちに渡す分、学校の友人に渡す分、両親に渡す分、勇に渡す分、そして紡に渡す分。
ラッピングの色が多少違うだけで、量や形はみんな同じだ。毎年そうしているから最初はそのことになにも思っていなかったが、紡の分にとりかかろうとしたところで、これでいいのだろうか、と手が止まった。

去年まで紡は家族だった。けれど、今はそれだけではない。家族であると同時に想いを通わせ合った恋人同士でもあるのだ。それなのに、他の義理チョコと同じものを贈るというのはどうなのだろうか。
多分、このままみんなと同じものを渡しても紡は気にしない。きっと去年と同じように、ありがとう、と微笑を浮かべて受け取ってくれるだろう。
でも、一度気になってしまうと、このままではだめな気がしてきた。家族だから、義理チョコだからと言い訳をする必要ももうないのだし。
だから、ちさきは考えた末にハートの形をした型抜きを手にとった。


******


一晩明けてみると、いくらなんでもあからさますぎるのではないかと恥ずかしくなってきた。しかも、紡にはつくってるところを見られているし、味見もしてもらったから、紡の分だけ形を変えたのもバレバレだということに思い至り、顔を覆いたくなる。
同じ家に住んでいるのだから渡そうと思えばすぐに渡せるのに、意識してしまってなかなか渡せない。こんなこと、はじめて紡にバレンタインのチョコをつくった時以来だ。
結局、いつでも渡せるし、と先延ばしにし続けているうちに夜になってしまった。

夕飯の後片付けを終え、ちさきは一つだけ残ったチョコを冷蔵庫から取り出した。ぎゅっと両手で握り締め、深呼吸をする。
このままではいつまで経っても渡せない。いい加減覚悟を決めなければ。

一歩一歩踏み締めるように階段を上がり、紡の部屋の前で止まる。
緊張のあまり詰めた息を吐き出して、ちさきは恐る恐る障子越しに声をかけた。

「紡、今いい?」

「ああ」

返ってきた声にそっと障子を開けると、座卓の前で胡座をかいた紡に見上げられた。
その表情はいつもと変わらない。けれど、何故だかすべて見透かされているように感じて心臓が跳ね上がった。
逃げ出したくなる心を叱咤し、障子を閉めて紡の隣に腰を下ろす。なるべく変に思われないよう、努めて平静を装ってちさきは青いリボンでラッピングした小箱を紡に差し出した。

「はい、これ。バレンタインのチョコ」

「ありがとう」

口元を緩め、紡はチョコを受け取った。
去年と同じ反応だ。無事に渡せて、少しほっとする。けれど、続けられた言葉にまた心臓が跳ねた。

「今食べてもいいか?」

「あっ……うん、どうぞ」

だめと言ったらおかしく思われそうで、ぎここちなく頷く。
紡は手早く、けれど丁寧にラッピングを外して箱を開けた。中には昨日つくった生チョコが入ってる。その中に一つだけハートの形をしたチョコがあって、ちさきは思わずそれから目を逸らした。
まるで時が止まったかのように、自分の心臓の音だけがやけに大きく響く。紡がなにも言わないことに不安を覚えてちらと盗み見るように窺うと、まじまじとチョコを見下ろしていた。

「……紡?」

「これは、俺だけか?」

「あ、当たり前でしょ!」

「そうか」

慌てて肯定すると、紡は心底嬉しそうに口角を上げた。
じっとハート型の生チョコを見つめられて、顔が熱くなる。まるで自分の気持ちまで見つめられているようで、もう堪えきれなくなくなってハート型の生チョコを摘まんで紡の口元まで持っていった。

「もう、恥ずかしいからはやく食べて」

唇に生チョコを押しつけると、紡は面食らったように目を見張った。少し戸惑ったようにそろそろと開いた口に生チョコを押し込んで手を引っ込める。
紡は噛み締めるように口を閉じ、柔らかに目を細めた。

「甘くて、うまいな」

ただそれだけなのに、嬉しくて、くすぐったくて、胸が高鳴る。
今年のバレンタインは去年までとは違う。でも、胸に湧き上がるこれは去年もその前も感じたものだった。
これで、どうして自分の気持ちを否定できると思っていたのだろう。こんな些細なことでも、想いが溢れてしまうのに。

「なら、よかった」

以前は苦しかった胸の高鳴りが今は心地いい。知らず知らずのうちに心からの微笑が零れていた。

すると、そっと大きな手に頬を包み込まれた。あたたかな感触に顔を上げると、いつの間にか目の前に紡の瞳があって、柔らかなものが唇に触れる。それから甘いチョコの味がして、ちさきは目を見開いた。

「なっ、なんで急に!?」

「可愛かったから」

しれっと言い切る紡に絶句する。心臓がうるさくて落ち着かない。

「ちさき」

「あっ……」

じっと見つめてくる瞳には熱が籠っていた。胸が締め付けられてぎゅっと目を閉じると、また唇を重ねられる。口の中にチョコの味が広がって、身体から力が抜けていった。
やっぱり去年までのバレンタインとは違う。
甘くて、熱くて、もう蕩けてしまいそうだ。
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