小さな虹
花壇の水やり当番になった時、ちさきは「水やりなんてしたことない」と言った。
そういえば海村では花に水をやる必要なんてないのか。
地上との違いに興味を覚えたが、今のちさきに海村のことを訊くのは憚られる。やっと普通に生活できるようになったところなのだ。海村の話をするのはまだつらいだろう。
気にはなったがなにも訊かず、紡はただやり方を教えながら一緒に水やりをすることにした。

とはいえ、たいして難しいことではない。じょうろに水を汲んで花壇にかけるだけだ。
それでもちさきは興味深そうに説明を聞いていたし、花壇に咲く花を見た時は「綺麗に咲いてるね」と少し声を弾ませていた。

花壇に向けて、じょうろを傾ける。
すると、じょうろの先から水とともに七色の光が生じた。ちょうどよく日光が射す場所だったのだろう。まるでじょうろから出てきたような虹が花にかかった。

ちさきにも見せてやりたくて、こっちにきてくれないかと呼ぶ。
不思議そうな顔をしてやってきたちさきの前で小さな虹をつくってみせると、青い瞳がまん丸に見開かれた。

「すごい。綺麗な虹」

声を弾ませて、花が咲くように唇が綻んでいく。
何故か、虹をつくる光よりも虹を瞳に映した彼女の笑みの方がきらきらしているように見えた。
胸がざわつく。ようやく笑顔を取り戻したちさきにもっと笑ってほしかっただけだったはずなのに、この胸に湧き上がった感情はきっとそれだけではなかった。

「紡くん、どうかしたの?」

戸惑ったように声をかけられて、我に返る。いつの間にか随分と見つめてしまっていたらしい。

「なんか、きらきらしてて」

「あっ、もしかしてエナ、眩しかった?」

「いや、エナじゃなくて……」

お前が――。

そう言いかけて、言葉を呑み込む。
それはまだ言ってはいけないような気がした。


鍵垢に投げてた書きたいところだけ書いたやつ。
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