白と黄色のチューリップ
帰省途中、守鏡で乗り換えの電車を待つ間、紡は特に目的もなくふらりと駅前の繁華街に足を伸ばした。立ち並ぶビルの一階に出された店を見るともなしに眺めて歩く。閉店してシャッターが閉まったままのところもあれば、新しくできたのか見覚えのない店もあった。

その時、花屋の店先で白と黄色のチューリップが目に留まった。他にも色とりどりの花々が咲き誇っているのに、何故か明るく可憐なその花にばかり目が向く。
同時に、電話越しに聞いた甘く柔らかな声が思い出された。

『公園にね、チューリップが咲いてたの。赤とかピンクとか黄色とか、いろんな色があってすごく綺麗だったんだよ』

チューリップって可愛いよね、と語るちさきの声は楽しげに弾んでいた。
その声が心地よくてじっと耳を傾けていたが、ふいに一瞬不自然に声が途切れた。まるで出かかった言葉を咄嗟に呑み込んだような……。
こちらが問いかけるより前に、ちさきはまたなにもなかったかのような明るい声音で話しはじめたが、その一瞬の沈黙がずっと引っ掛かっていた。

一緒に見にいきたい、と誘いたかったのだろうか。

だが、その前に月末まで帰れそうにないと伝えていたから、言い出せなかったのかもしれない。
それに気付いても、課題や発表が立て込んでいて、一緒に見にいこうと簡単に言える状況ではなかった。

あれから三週間以上経っている。きっと公園のチューリップはもう散ってしまっているだろう。
結局、一緒に見にいってはやれなかった。
こういう時、離れて暮らしていなければ、と栓のないことを考えてしまう。すぐに会いにいけない距離がひどくもどかしかった。

「すみません、このチューリップ頂けませんか」

その詫びにはならないかもしれないが、白と黄色のチューリップを二本ずつ購入する。贈り物だと伝えると、よく晴れた春のような空色のリボンを巻いてくれた。
他の色のチューリップはちょうど売り切れていたらしく、色とりどりとはいかないし、数も少ないが、

(花を贈るのなんてはじめてだな)

ちさきは驚くだろうか。
喜んでくれるだろうか。

花束を渡した時のちさきの顔を想像すると、妙に心が浮き立って、駅に戻る足取りも軽くなった。


******


電車が停まり、駅員のアナウンスが鴛大師に到着したことを告げる。
電車を下りて改札をくぐると、駅舎の中で待っていたちさきに笑顔で迎えられた。

「おかえり」

「ただいま」

ちさきが小走りで駆け寄ってくる。
その途中でなにかに気付いたらしく目を丸くした。

「そのチューリップ、どうしたの?」

腕に抱えたチューリップの花束を見つめて、ちさきが首を傾げる。
紡はそっと花束を差し出した。

「やる」

「えっ?」

「前にお前が話してたから」

ちさきはますます目を見開いて、おずおずと花束を受け取った。
まじまじとチューリップを見つめて、「ありがとう」とまだ呆気にとられた声で呟く。ちらと紡を見上げ、また花束を見下ろしたちさきの顔は夢でも見ているかのようだった。
次第に、その顔が柔らかに綻んでいく。腕に抱えたチューリップを見つめる目が愛しげに細められる。

「このチューリップも綺麗だね」

想像していた通りの、けれどそれよりもずっと愛らしく思える反応に、あたたかなものが胸の内側に広がっていった。

だが、ふいにちさきが目を丸くして頬を染めた。じっとチューリップを見つめたかと思うと、落ち着かなく目を泳がせる。そして、なにかを堪えるように顔を歪ませ、さっと口元を隠すように花束を持ち上げた。

「……紡、チューリップの花言葉って知ってる?」

「いや……」

ちさきの反応を怪訝に思いながらも正直に答える。
花束の陰でちさきがため息をついた。

「白いチューリップは『失われた愛』で、黄色いチューリップは『望みのない恋』」

神妙に告げられた言葉は、恋人に贈るにはあまりにも不吉なものだった。一方的に別れを告げていると思われても仕方ない。
だから、白と黄色のチューリップだけ売れ残っていたのだろうか。

「悪い、本当に知らなかった」

知らなかったとはいえ、きまりの悪さに目を伏せる。
と、ちさきが小さく噴き出し、くすくすとおかしそうに笑いはじめた。

「ごめん、意地悪言った。花言葉なんて気にしなくていいよ。好きな人からもらえるなら、なんでも嬉しいから」

その言葉は本心ではあるのだろう。
だが、わざわざ覚えているくらいだから、きっとちさきは花言葉が好きなはずだ。ちゃんと花の意味も考えて選んでいれば、もっと喜んでもらえたのかもしれない。

「次はちゃんと花言葉も調べておく」

「ほんとに気にしなくていいのに。私のこと考えて選んでくれただけで嬉しいし……それに、この花束も悪い意味ばかりじゃないから」

そっと大事そうにちさきはチューリップの花束を胸に抱き締めた。
気休めなどではなさそうな声に紡は目を瞬かせる。

「どういうことだ?」

「チューリップはね、色だけじゃなくて本数にも意味があるの。一本だと『運命の人』とか、八本だと『あなたに感謝します』とか」

「四本だと、どういう意味になるんだ?」

当然の疑問を口にすると、何故かちさきは気恥ずかしげに目を逸らした。頬を赤く染めて、もごもごと口籠る。やがて消え入りそうなくらい小さな声で紡がれた花言葉はやはり初耳ではあったが、ちさきに対して常に抱いている想いと同じものだった。

「その気持ちなら、ずっと持ってる」

「もう、調子いいんだから」

呆れたようにちさきは肩を竦めてみせる。
けれど、花束の陰から見えた唇は柔らかに綻んでいた。


四本のチューリップの花言葉「生涯あなただけを愛し尽くす」
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