無意識
「刺繍?」

背後からかけられた声に振り返ると、紡が肩越しにちさきの手元を覗き込んでいた。
紡の視線は白いハンカチを泳ぐ作りかけの魚に注がれている。これまでも紡の前で繕い物や編み物をしたことはあったが、刺繍ははじめてだったので気になったらしい。

「この前、お母さんが教えてくれたの。うまくできるようになったら、紡にもなにかつくってあげるね」

「楽しみにしておく」

かすかに目を細めて微笑むと、紡は隣に腰を下ろして本を開いた。ちさきも刺繍を再開する。
互いに別のことをしていても、ただ傍にいるだけで心地がいい。静かで穏やかな時間に、ちさきは頬を緩めた。

そのうちにそっと腰を抱き寄せられた。驚いて顔を上げるが、紡は気にした様子もなく文字を追っている。なんなのだろう。
気にはなったが、また糸で魚を形作る作業に戻る。だが、その間も腰を撫でられたり髪を指に絡められたりするものだから、たまらず抗議の声を上げた。

「ちょっと、紡!」

「なに?」

「そんなに触られたら、集中できないでしょ」

紡は不思議そうに瞬きをした。今しがたちさきの頭を撫でていた手を見やり、あっと小さく声を漏らす。

「悪い、無意識だった」

ちさきはぽかんと口を開けた。
それはそれで、ひどく恥ずかしいことのような気がする。
徐々に顔に熱が集まっていくのを自覚して、ふいと顔を背けた。

「針持ってる時はやめて。危ないから」

なんて言いながら、針と糸を片付けていく。どうせもう集中なんてできない。
紡もそれを認めると、本に栞を挟んで畳の上に置いた。
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