キスの日×欲張り
「はい、お茶」

「ありがとう」

紡はちさきから湯呑を受け取ると、一口すすってから机の上に置き、再びレポート用紙にペンを走らせた。
連休明けに提出しなければならない課題を突然だされ、大変らしい。だったら無理に帰ってこなくてもよかったのに、と言ったのだが、ちさきに会いたかったから、と率直すぎる理由を告げられ、それ以上なにも言えなくなってしまった。
会いたかったのはこちらも同じなのだ。無理はしてほしくないが、嬉しくないはずもなかった。

邪魔はしないようにと少し離れて座って、静かにお茶を飲む。なんとはなしに紡の横顔を見つめていると、何度も見ているはずなのに、真剣な眼差しに思わず胸が高鳴った。
ずっと蓋をしていたせいだろうか。紡が好きだと認めてから、些細なことにも何度も心がときめくのは。
はやくなった鼓動を落ち着かせるために一気にお茶を飲み干し、ことんと盆の上に湯呑を置く。と、紡がこちらを振り返った。

「あっ、ごめん、邪魔しちゃった?」

「いや、ちょうど切りついたから」

「そっか、お疲れさま」

ほっと胸を撫で下ろすと、いつの間にか紡が距離を詰めていた。えっ、と見張った目いっぱいに紡の瞳が映った瞬間、唇に柔らかなものが触れる。キスされたのだとちさきが気付いたのは、名残惜しげに唇が離れたあとだった。

「なっ、いきなりなに!?」

「してほしそうな顔してたから」

違ったか? と、そんなことは微塵も思っていないような顔で紡は首を傾げる。ちさきは逃げるように赤くなった顔を俯かせた。
キスされたことも恥ずかしかったが、紡の言ったことが間違っていないことも恥ずかしかった。しかし、それ以上に物足りないと思ってしまった自分が恥ずかしかった。
これも、ずっと蓋をしていた反動だろうか。
会えない間はせめて声だけでも聴きたくなって、声を聴いたら会いたくなって、会えたら触れたくなって、触れられたらもっとって、際限なく欲がでてくるのは。

「ちさき」

そんな欲張りな自分も紡には見透かされているらしい。大きな掌で頬を包み込まれて、そっと上を向かされた。
なんだか悔しくなって、ちさきは意趣返しに訊き返した。

「……紡は、どうなの?」

紡は瞬き、すぐに口元に微笑を浮かべた。

「俺もお前に触れたかった」

今度はゆっくりと唇が重ねられる。その優しい熱を感じるように、ちさきはそっと目を閉じた。



キスの日関係なく書いたものですが、ちょうどよさげだったのでキスの日ネタということにした。
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