きっとすべては対岸の
「比良平さん、ちょっといい?」

クラスメイトの山居に声をかけられたのは、一限が終わってすぐのことだった。
山居は高三になってはじめて同じクラスになった女子だ。同じクラスといっても、まだクラス替えから一か月も経っておらず、席が離れていることもあって、ほとんど話したことはない。
どういう用件なのか検討もつかず、ちさきは首を傾げた。

「どうしたの?」

「あのさ、うちの妹に比良平さんと木原くんの関係を訊かれて、一緒に住んでることを話しちゃったんだけど、よかった?」

ちさきは目を瞬かせた。
なんだ、そんなことか。

「いいよ、べつに隠してるわけじゃないし」

ちさきが海村出身のせいか、それとも年頃の男女が一つ屋根の下という状況のせいか、噂されることが多く、ちさきが紡の家に居候していることはすでに知れ渡っていた。三年になるまで接点が一つもなく、共通の知り合いすらいなかった山居が知っているほどなのだ。今さら広められて困ることでもない。むしろ、下手に誤解されたり、尾ひれのついた噂を流されたりするよりずっといい。
山居はよかったと胸を撫で下ろした。

「ところで、本当に木原くんとはなにもないの?」

当然の流れのように問いかけられ、一瞬息が詰まった。
そういった質問をされることははじめてではない。中学の頃は周りも事情をよく知っていたためなかったが、高校に入ってからは何度も噂されたし、山居のように直接ちさきに確かめにくる者もいた。それでも、この手のことにはどうしても慣れない。
探るような目でじっと見つめられる。その目から逃れるように、ちさきは少し俯いた。

「ないよ、なにも」

ちさきはつとめて平静を装って、いつもと同じように答えた。

「恋愛感情はまるでなし?」

「うん。だって、家族だし」

「ふうん、そういうものなんだ」

思いのほかあっさりと山居は引き下がった。あまり続けたくない話題だったので、ほっと息を吐く。
こういう時、相手はたいてい面白がって、あるはずのない――あってはならない二人の関係を暴こうとしつこいのだが、山居は本当にちょっと確認してみただけといった様子だった。

「じゃあ、比良平さんに頼んでもいいかな」

「なにを?」

「木原くんの好みのタイプを訊いてきてくれない?」

ちさきは目を丸くした。
もしかして紡のことが好きなのだろうか、という考えが過る。だが、それはすぐに本人の口から否定された。

「誤解しないでね。知りたいのは私じゃなくて、妹の方だから。うちの妹、ここに入学したばっかりなんだけどさ、木原くんに一目惚れしたらしいのよ。それで、好きな子のタイプとか訊いてきてくれってうるさくて」

山居は呆れた口調で言った。

「でも、今まで話したこともないのに、本人に直接そんなこと訊けるわけないでしょ? だから、比良平さんに代わりに訊いてきてほしいの」

そうは言っても、ちさきだって紡にそんなことを訊ける気がしなかった。考えただけで気恥ずかしい。いったい、どんな顔をして尋ねればいいのだろう。
しかし、ここで断ってしまえば、またいらぬ誤解を生みかねない。仕方なく、ちさきは頷いた。

「教えてくれるかはわからないけど、訊くだけ訊いてみるね」

「ほんと? ありがとう」

それじゃよろしく、と自分の席に戻っていく山居を見送り、ちさきは重いため息を吐いた。
紡が女の子に人気があることには気付いていた。なにかと女子の話題に上るのだ。みんながみんな恋とまではいかなくとも、女子にとって――もしかすると、ある意味では男子にとっても――気になる存在なのだろう。その理由もなんとなくわかる。だが、まさかこんなことを頼まれるとは思いもよらなかった。

どうすれば紡に変に思われることなく、自然に訊きだせるだろうか。それこそ山居を見習って世間話のようにさらっと話題にだせればいいのかもしれないが、自分と紡とではどう想像してみても不自然だ。
どうしたって無理な気がして、ちさきはますます頭を悩ませた。


******


悩んだまま、放課後になってしまった。いくら考えても答えはでてこず、気ばかりが沈んでいく。
授業中は目先のやらなければならないことに集中できたからよかったが、少しでも暇ができると山居の頼み事が重くのしかかった。それは今もで、昇降口に向かう足を重くする。昇降口に紡が待っているとわかっているから、なおさらだ。

実の祖父のように慕う勇が入院してからは、学校帰りに紡とともに見舞いにいくのが日課になっている。いつもは教室から一緒にいくのだが、今日はちさきが進路のことで担任に呼び出されたため、昇降口で待っていてもらうことになったのだ。
結果として考える時間が増えてしまったのは、あまりいいことではなかったかもしれない。余計に気が重くなるだけなのだから。

靴を履き替え、ちさきは深呼吸をした。
あまり変に意識しすぎて、紡と勇に心配をかけるわけにはいかない。訊きだせるかどうかは置いておいて、今はとにかくいつも通りに振る舞おう。

外にでると、支柱のそばに紡が見えた。それから、彼に熱心に話しかける女子生徒の姿も。思わず足を止めたのは、その女の子が知らない子だったからだ。なのに、どこか見覚えがある気がする。
同学年ではない。制服の真新しさや初々しさからして恐らく一年生だ。もしかして、美濱中学の後輩だろうか。だとすれば、顔くらいは見たことがあっても不思議ではないが。

そこまで考えて、彼女が山居に似ていることに気が付いた。しっかりしていそうな山居と違い、雰囲気はふわふわとして頼りげないが、顔立ちには面影がある。きっと山居の妹だ。あの、紡に一目惚れしたという……。
そのことを思い出した時、彼女に重なる影は山居ではなく、まなかになった。あの頃の、紡を見るまなかに。
途端に胸が締め付けられるように痛んだ。

「ちさき?」

いつの間にか俯いていた顔を上げると、紡が心配そうな目をこちらに向けていた。
紡は山居の妹に短くなにかを告げると、こちらにやってくる。どうしてか一瞬ほっとしたけれど、紡の肩越しにうなだれた女の子が見えて、また胸が痛んだ。

「大丈夫か?」

肩を落として去っていく女の子を眺めていたちさきは、紡に顔を覗き込まれて我に返った。

「大丈夫、ちょっとぼーっとしてただけ」

ちさきは笑って拳をつくってみせる。
紡が疑わしげに眉を寄せたが、気付かないふりをした。

「それより、さっきの子、よかったの?」

「たいした話はしてなかったし」

「知り合い?」

「委員会の後輩」

紡の口振りに他意はなかった。
普段は察しがよすぎるほどよくても、自分に向けられる好意には気付かないものなのかもしれない。紡を好きになる女の子は大変だろう。鈍感な方が都合のいいこともあるけれど。
ちさきは小さく肩を竦めた。

「紡って、変なとこ鈍いよね」

「ちさきもひとのこと言えないだろ」

「それ、どういう意味?」

「多分、自分で思ってるより鈍いよ、お前」

ちさきはむっと口を尖らせ、先に歩き出した。そのあとを、紡が苦笑してついていった。
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