紡がれ繋がる
いつもは大人しい妹も、時々子供らしく火がついたように泣く。
今日はお気に入りのイルカのバレッタが壊れてしまったのだと、いきなり激しく泣き出した。こうなると、もう手がつけられない。その時そばにいたのがおれだけだったから、なんとか泣き止ませようとしたけれど、なにをしても無駄で、結局泣き声を聞きつけてきた母さんと父さんに任せるしかなかった。

「大丈夫よ、お父さんが直してくれるから」

母さんは優しくあやしながら妹の手からバレッタを離し、父さんに託した。
ほんとに、と咽び泣きながら尋ねる妹の頭を撫で、ちゃんと直してやるから、と父さんが力強く頷く。それでも泣き続ける妹を母さんが抱き上げた。

「この子、落ち着かせてくるね」

母さんは妹を抱いて外に出ていった。
こういう時、母さんはいつも妹を海につれていく。妹は海の中で母さんに抱き締められている時が一番落ち着くらしい。
おれたち家族はエナを持ちながらも地上で暮らしているけれど、みんな海が好きだし、海から離れられないのだ。

「直る?」

「飾りがとれただけだから、すぐに直せる」

父さんは引き出しから接着剤を取り出すと、土台から外れてしまったイルカを丁寧にくっつけた。
安物だから壊れやすいけれど、その分直すのも簡単なようだ。妹を泣き止ませるよりもずっと楽な作業だろう。

「あいつのあれは、誰に似たんだろう?」

「あれって?」

「泣くと激しいところ」

「母さん譲りだろ」

当然のような返答に、おれは目を丸くした。
母さんが泣いたり声を荒げたりしたところなんて、生まれてから一度も見たことがない。

「母さんも、泣くの?」

「お前たちの前では泣かないようにしているだけだよ」

母さんが泣いているところなんて想像つかないけれど、父さんが言うなら本当なんだろう。
よく母親似だと言われる妹は、中身も母さんと似ているらしい。

「おれはどっち似?」

「お前は俺に似たな。髪質は母さんと同じだけど」

そう言って微笑んだ父さんに、くしゃりと頭を撫でられた。
父さんの大きな手は安心するけれど、久しぶりに撫でられるとひどくむずかゆい。

「あいつも父さんと似てるところあるの?」

「海が好きなところは俺譲りかもな」

「ああ、そこは同じか。だから、このバレッタも気に入ってたみたいだし」

どうしてか、父さんは不思議そうに瞬いた。

「違うの? 海が好きだから、海みたいなこれも気に入ってるんだと思ってたんだけど」

「それもあるだろうけど、あいつがこれを大切にしている一番の理由は、お前に貰ったものだからだろ」

今度はおれが瞬いた。
確かに、このバレッタはおれが妹にあげたものだ。けれど、たいしたものじゃない。
祭りの景品で見かけて、妹が好きそうだったからとってみただけだ。
それなのに、妹はあんなに泣くほど大切にしてくれていたのか。

その時、玄関の方から「ただいま」と声が二つ聞こえた。
はっとして振り返ると、涙を止めた妹を抱きかかえて母さんが部屋に入ってきた。

「おかえり。はやかったな」

「今日みたいな波が一番落ち着くみたい。バレッタ、ちゃんと直った?」

頷いて、父さんは元通りになったイルカのバレッタを妹に手渡した。妹は瞳を輝かせて受け取ると、早速母さんに「つけて」とねだった。

「その前に、お父さんにありがとうして」

「おとうさん、ありがとう」

「どういたしまして」

よし、と頭を撫で、母さんは妹を畳の上に座らせる。
と、ちょうど目があって、「ごめんね。終わったら、すぐご飯にするから」と謝られた。妹が泣いたせいで忘れていたけれど、いつもならもう夕飯の時間だ。耐えられないほどでもないけれど、腹も空いていた。

母さんはいつもより素早く妹の髪をまとめてバレッタで留めた。それでも全然崩れていない。妹もお気に召したらしく、機嫌よさそうに「どう?」と母さんと父さんに訊いては、可愛いと褒められていた。

「おにいちゃん、どう?」

「似合ってるよ」

いつものように褒めてやると、はしゃいでくるりと回った。
母さんと同じ妹の柔らかな髪の上で、青く透き通ったイルカが跳ねている。

「お前、おれのことが好きなんだな」

一瞬目を丸くしてから「うん、だいすき!」と可愛らしく笑顔を咲かせる妹の後ろで、何故か母さんが噴き出して父さんを見やった。
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