片隅の花
居間の襖を開けると、座り込んで何かしているちさきの背中が見えた。ずいぶんと集中しているらしく、紡が入ってきたことに気付いた様子はない。何をしているのかと視線を滑らすと、ちさきの隣に様々な切り花が横たわっていた。

「花?」

「ひゃっ」

ちさきの肩が跳ね、恐る恐る振り返る。紡を認めると、強張った肩から力が抜けた。

「なんだ、紡か」

「なにしてるんだ?」

「さっき隣のおばさんに花を貰ったの。せっかくだから、ちゃんと生けようと思って」

ちさきは手に持っていた薄紅色のスイートピーをちょっと掲げて見せた。へえと相槌を打って、紡はちさきの隣に腰を下ろす。
ちさきの前には二、三輪だけ花を挿した花瓶があった。何年か前に納屋で見た覚えがある。ちさきの頼みを聞いて、勇が取り出してきたのだろう。
紡がこの家にきた時には、すでに花を生ける人もおらず、この花瓶もずっと埃を被っていた。それがこうして磨かれ、使われていることが不思議に思えた。
ちさきは慣れた手つきで花を挿していく。花を選んだり、鋏で丈を切り揃えたりする横顔は楽しげだ。

「慣れてるな」

「お母さんが花、好きだったから。それで、私も」

ちさきはそっと目を細めた。その微笑には寂しさが浮かんでいる。
こういう時、気の利いた言葉でも言えればいいのだが、何を言っても嘘くさい気がして、そうかと頷くだけに留めた。
ちさきは花と花の間に、白く小さなカスミソウを挿し込んだ。先ほどの寂しさは横顔から消えている。あくまで表面上だけだろうが、この作業は気を紛らわすのにちょうどいいのかもしれない。
白く細い手が迷いながら花を選び、慎重に鋏で茎を切り、優しく花瓶に挿していく。手の動きに連動するように眉を寄せたり、唇を引き結んだり、かと思えば緩めたりする様がおかしくて、紡はちさきの横顔と手元をじっと眺めていた。

「……紡」

ちさきが手を止め、紡を見返した。そこには咎めるような色があった。

「そんなに見ないでよ。やりづらいでしょ」

「……悪い」

もう、とちさきは唇を尖らせる。ばつが悪くなって、紡は目を伏せた。
ちさきが再び手を動かしはじめると、有象無象だった花たちが花瓶の中で一つの形をとっていく。
いつの間にか、視線はまたちさきの横顔に注がれていた。それに気付いて、ちさきが小さく苦笑する。

「紡って何かに興味を持つと、ずっと見てるよね」

「そうか?」

「うん、時々びっくりしちゃう。そんなに物珍しい?」

「それもあるけど」

紡はちらと花瓶に目を遣ってから、ちさきに視線を戻した。

「綺麗だったから」

ちさきは目を丸くした。二、三度瞬き、ぎここちなく顔を花瓶に向ける。

「なら、よかった」

ちさきはほっと息を吐いた。

「おじいちゃんも気に入ってくれるといいけど」

「気に入ると思う。じいちゃんも嫌いじゃないし」

「そうかな?」

ああ、と保証してやると、ちさきは照れ臭そうにはにかんだ。
最後の一輪が花瓶に挿される。ちさきは全体を少し整えると、居間の片隅に花瓶を飾った。

「どう?」

「いいんじゃないか」

「なんか適当っぽい。ちゃんと見てる?」

「見てるよ」

ならいいけど、と声を少し弾ませ、ちさきは懐かしむように花瓶を撫でた。
ずっと殺風景だった家に咲いた花の色鮮やかさに物慣れない感じがしたが、居心地の悪さはなく、むしろ、どこかくすぐったいような感覚が心地よかった。
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