提灯揺れた
ゆらゆらと揺れる提灯の明かり、行き交うたくさんの人々、屋台から漂うソースの焦げたいい匂い、夜空に響く祭囃子。
いつもとは違う様子を見せるマサラタウンの一角は、まるで異世界のようだった。
そんな夏祭りの会場の入り口で、おれはピカチュウのヒカルと一緒に人を探していた。
「うーん、ヒヅキ兄もハヅキ姉もアオイ兄も見つからないね」
「ぴーか」
ハヅキ姉に「みんなで一緒に夏祭りにいこう!」と誘われたのは、今朝のことだった。急すぎてびっくりしたけど、ハヅキ姉たちが旅にでてからはずっと一緒に遊べなかったから、おれは嬉しくなってすぐに頷いた。
夜だからママに反対されるかもと少し不安だったけど、ハヅキ姉たちが一緒ならと、紺色の甚平まで着せて送り出してくれた。
ヒヅキ兄はロケット団を壊滅させてチャンピオンにまでなったし、アオイ兄とハヅキ姉もポケモントレーナーとしてすごく優秀だから、なにかあっても守ってくれるだろう、という考えらしい。
おれとしてはそんなこと関係なしにハヅキ姉たちと久しぶりに遊べること、そしてはじめて着た甚平と会場に近付くにつれて色濃くなっていく夏祭りの雰囲気にわくわくしながら待ち合わせ場所まで走ってきたのだけれど、ヒヅキ兄もハヅキ姉もアオイ兄もまだ来ていないようだった。
時間はあってるし、待ち合わせ場所もこのミニリュウ像の前で間違ってないはずなんだけど。
人混みに紛れてるのかと辺りを見回してみるけれど、それらしい人影は見当たらない。
もしかしてなにかあったんじゃ、と不安になった時だった。
「ボンジュール、シオ!」
「うひゃあっ!?」
突然背後から肩を叩かれて、おれは文字通り跳び上がってしまった。
振り返ると、ツンツン頭が特徴的なアオイ兄がいたずらっぽく口の端を上げている。その足元ではアオイ兄のブッラキーのルナがすました顔でおれたちを見上げていた。
「すげー声だな」
「いきなり脅かされたらびっくりするじゃん!」
「ぴーかぴーか」
ヒカルもそーだそーだと一緒に抗議する。アオイ兄は「はいはい、悪かった」と面倒そうに謝ってはくれた。
おれは落ち着くために何度も深呼吸をした。跳ね上がった心臓がもとに戻ると、さっきは気付かなかったものが見えてくる。
「アオイ兄、浴衣なんだ」
「似合ってるだろ?」
「……あー、うん」
「なんだよ、その微妙な反応は」
確かに、緑の縦じまの浴衣はアオイ兄によく似合っているけれど、そこまで自信満々にされると素直に褒めにくい。ハヅキ姉が前に「アオイみたいなのを残念なイケメンって言うんだよ」と言っていたけれど、なるほど、こういうところが残念なんだね。
アオイ兄と同じようにルナも不服そうに尻尾を揺らすけれど、おれもヒカルも無理に褒める気はなかったから、さりげなく話題を変えた。
「ところで、ヒヅキ兄とハヅキ姉は?」
「まだ来てないみたいだな。まっ、あいつらはのろまだからな」
「誰がのろまだ」
抑揚のない声とともに、アオイ兄の頭めがけてモンスターボールが飛んでくる。アオイ兄はひょいとそれを避けると、ボールを投げた人物を睨んだ。
「ヒヅキ、てめえ、なにしやがる」
「先に喧嘩売ったのはそっちだ」
ヒヅキ兄はオレと同じ色の甚平を着て、いつもの仏頂面でアオイ兄を睨み返した。その後ろで、ピカチュウのコウとプリンのぷりちゃんを抱いたハヅキ姉がため息をついている。
「もう、こんな時まで喧嘩しないでよ」
ハヅキ姉は淡い水色の地に朝顔の咲く浴衣を着て、いつもは下ろしている髪を結い上げていた。なんだか、いつもより大人っぽく見える。
「ハヅキ姉、すごく綺麗だね」
「ありがとう。シオも、その甚平似合ってるよ。いつもよりかっこいい」
「ぷりぷり」
ハヅキ姉と一緒になって、ぷりちゃんまで笑って頷くものだから、おれは照れ臭くなって頭をかいた。
このこのとばかりにヒカルが脚を小突いてくる。
いったい、どこでこんな野次を覚えてくるんだろう。テレビかな。おれがいない時にもよく見てるみたいだし。
「さてと、そろそろとめようかな」
ハヅキ姉はぷりちゃんとコウを地面に下ろすと、いまだに言い争ってるヒヅキ兄とアオイ兄のもとに向かった。
ルナが気付いて視線を寄越すけれど、ヒートアップした2人は気付きもしない。
「ヒヅキ! アオイ!」
きつめに名前を呼びながら、ハヅキ姉は2人の頭を小突いた。2人は弾かれたように振り返る。
ヒヅキ兄は無表情ながらもどこかばつの悪い顔をしていて、アオイ兄はなにすんだと眉を寄せた。
「人前で喧嘩なんかしないでよ。みっともないでしょ」
ヒヅキ兄が無言で頷き、アオイ兄から1歩距離をとる。それを認めて、アオイ兄も鼻白んだ様子で身を引いた。
流石、ハヅキ姉だ。ポケモンリーグの成績はヒヅキ兄とアオイ兄の方が勝っているけれど、いまだに2人ともハヅキ姉には頭が上がらないらしい。ハヅキ姉自身は「アオイはわたしの言うことなんか聞いてくれない」と、よくぼやいているけれど。
そんな3人を見上げて、コウとルナがやれやれとばかりに頭を振る。かと思えば、急に唸り声を上げて睨み合いをはじめた。
どうやら、お互いに馬鹿にしたのは自分のトレーナーではなく、相手のトレーナーだったらしい。
コウは頬袋に溜めた電気をばちばちと鳴らし、ルナは身体の輪っか模様を月のように光らせて相手を威嚇する。
けれど、
「ぷ〜ぷり〜」
ぷりちゃんが間に入って歌うと、すぐに2匹とも眠ってしまった。そこにすかさずぷりちゃんの“めざましビンタ”が炸裂する。
大きな衝撃を受け目を覚ました2匹はなにか言いたげな顔をぷりちゃんに向けたけれど、めっ、と大きなまんまるの瞳が吊り上がると、仕方なさそうに矛を収めた。
トレーナーと手持ちのポケモンって、ここまで似るものなんだ。それぞれ1番つき合いの長いポケモンだから、余計にそうなるのかな。
「ヒカルとおれも似てるのかな?」
「ぴかあ?」
似てるかな、とヒカルが首を捻る。
「どうだろう? 自分じゃ、よくわからないね」
「ぴーか」
そうだね、と頷くヒカルと顔を見合わせて笑った。
「待たせちゃってごめんね、シオ。そろそろ行こうか」
ハヅキ姉が振り返って手招きをする。おれはヒカルを肩にのせて、3人と3匹のあとをついていった。