近況報告
そのツンツン頭を見たのは、1年ぶりだった。

同い年で、お隣さんで、2年前――同じ日にポケモントレーナーとして旅にでた幼馴染の男の子。
昔は毎日のように一緒に遊んでいたけれど、旅に出てからは会うことも少なくなって、1年前に彼がカロスに留学してからは、直接連絡もとっていなかった。ずっとマサラタウンにいたら、オーキド博士やナナミさんから近況くらいは聞けたのかもしれないけれど、わたしもポケモン図鑑を完成させるためにジョウト地方を旅していたから、それも叶わなかった。だから、こうしてアオイの姿を見たのは本当に久しぶりだ。
故郷で幼馴染に会えたことに胸を弾ませ、わたしは記憶よりも少し大きくなった背中に声をかけた。

「アオイ!」

「おっ、ハヅキじゃねえか」

振り返ったアオイは、わたしを認めて足を止めた。1年ぶりに見た顔は、記憶にあるものより大人びたように感じる。
わたしは小走りでアオイに駆け寄った。

「久しぶり。帰ってたんだね」

「さっきな。お前はマサラにいたんだな」

「うん。ジョウト地方の調査もだいたい終わったから」

へえと相槌を打ちながら、アオイはじろじろとわたしの頭を見ていた。あまりいい意味に思えない視線に、わたしは眉を寄せる。

「なに、さっきからじろじろ見て」

「……お前、縮んだ?」

「縮んでません! アオイが無駄に大きくなっただけです!」

唇を尖らせて睨み上げるけれど、アオイは気にした様子なんてまったくない。それどころか、どこか得意げだ。

「この1年で伸びたからな」

「なんかずるい」

昔は同じくらいだったのに、今は見上げないと目線が合わない。わたしも少しは成長したけれど、その倍もアオイは成長している。でも、それは見た目だけの話で、中身はまったく変わっていないようだった。

「ところで、ヒヅキは帰ってないのか?」

「ヒヅキ? 帰ってきてないどころか、ずっと音信不通でどこにいるのかもわからないんだよね」

わたしたちと同じ日に旅にでた双子の弟――ヒヅキは、わたしたちより少し前にカントー地方をたった。それからは、わたしや博士どころか、お母さんにも連絡一つよこさない。前回のセキエイ大会のチャンピオンということで、噂には事欠かなかったけれど、それも半年くらい前からぷつりと途切れたままだ。

「ふうん。お前ならわかりそうだけどな」

「いくら双子だからって、そんなエスパーみたいなことはできないよ」

わたしは小さく苦笑した。

「ねえ、アオイはこの後時間ある? よかったら、カロスの話を聞かせて」

「茶菓子次第だな」

「はいはい。昨日つくったクッキーならうちにあるよ」

「よし、じゃあ行こうぜ」


******


「アオイ、飲み物は何がいい?」

「コーヒー。ブラックな」

「了解」

アオイをリビングに通して、わたしはキッチンでお茶菓子の準備をする。といっても、クッキーはお皿にわけるだけだし、コーヒーはインスタントだ。
インスタントコーヒーを入れた2つのカップにポットのお湯を注ぎ、そのうちの1つにはさらに角砂糖1つとミルクを加える。くるくるとスプーンで混ぜれば、黒くて見るからに苦そうな色がまろやかになっていく。黒いままの方と見比べて、やっぱりこっちの方が美味しそうだと思った。

カップ2つとクッキーをお盆にのせてテーブルまで運び、アオイの向かいに座る。

「で、カロスはどうだった?」

「やっぱりカントーとは全然違うな。街もだけど、住んでる人間も美意識高そうだったぜ。カフェとかでやたらと自分のポケモンを自慢してきたりな」

「ポケモンだいすきクラブの人たちみたいに?」

「そんな感じだな。おかけさまで図鑑は結構埋まったけど」

ほら、とアオイはポケモン図鑑を開いてみせた。見つけたポケモンの数は1年前より100以上増えているようだ。
少し見せてもらうと、カントーやジョウトには棲息していないポケモンもたくさんいた。

「あっ、この鍵みたいなポケモン可愛い」

「クレッフィか。鍵みたいっつーか、鍵を集める習性があるんだよ」

「へえ、そんなポケモンもいるんだ」

それからもアオイはカロスのことをたくさん話してくれた。
カロスのポケモンのこと、3000年以上もある歴史のこと、スカイバトルという特殊なルールのポケモンバトルのこと。カントーとは違う文化を持つ場所は新鮮で、また旅をしたいという欲求が湧いてきた。

「そういや、プラターヌって博士が興味深いことを言ってたな」

「なになに?」

「ポケモンのタイプは18種類あるって」

「18? えっと、ノーマル、くさ、ほのお、みず、でんき、ひこう、むし、どく、じめん、いわ、エスパー、かくとう、ゴースト、こおり、ドラゴン、あく、はがね、だよね?」

指折り数えてみたけれど、17しかない。なにか抜けてるということはないだろう。流石にこんな基本中の基本を間違えるほど、トレーナーとしても勉強不足ではない。

「そう、今はその17種類だと言われている。だが、どうにも当てはまらないポケモンがいるらしい。で、研究した結果、フェアリータイプという新たなタイプが見つかったそうだ。まだ学会では認められてないが、まあ時間の問題だろうな」

「それは、カロスのポケモン?」

「カロスだけじゃない。たとえばプリンやピッピもフェアリータイプだろうって話だ」

「プリンが?」

プリンは現在ノーマルタイプとされている。手持ちのなかで一番付き合いの長いのがプリンのぷりちゃんだけれど、これまでノーマルタイプではないかもしれないなんて疑ったこともなかった。
ずっと一緒にいるのに気付かなかったことが悔しいけれど、同時にまだまだ知らないことがあるというのが面白かった。

「なんだか、不思議だね。ずっとそうだと思ってたことが、実は違うなんて」

「研究の世界じゃよくあることだろ。あくタイプとはがねタイプが正式に認められたのだって、オレたちがカントーでジムバッジを集めてた頃だし、そもそも今みたいに厳密にタイプ別けされたのだって、ここ数十年くらいの話らしいし」

「研究してもしつくせないなんて、やっぱりすごいよ。わたしも、もっと知りたいな、ポケモンのこと」

クッキーに手を伸ばしたアオイがその動きを止めて、目を瞬かせた。

「お前、研究者になるつもりなのか?」

「実は、まだ考え中。それもいいかなって思って、オーキド博士の研究を手伝わせてはもらってるけど」

へえと相槌をうち、アオイは手に取ったクッキーを口に運んだ。
わたしも一口だけカフェオレをすする。

「アオイはこれからどうするの? やっぱり、またチャンピオンを目指す?」

「いや。あいつがいるならともかく、そうじゃないならチャンピオンになる意味もないからな」

じゃあどうするの、と訊こうとしたら、その前にアオイが続けた。

「トキワジムのジムリーダーになるつもりだ」

「ジムリーダー? アオイが?」

2年前、トキワジムのジムリーダー、そしてロケット団のボスであったサカキはロケット団を解散させて失踪した。それからずっと後任が決まらず、トキワジムはジムリーダー不在のままだった。
そろそろ新しいジムリーダーが決まるのではないか、という噂はあったけれど、もしかして、それがアオイのことだったのかな。

「じいさんに勧められたんだ。ま、オレの実力なら申し分はないからな」

「そういうこと、普通自分で言うかな」

「事実だし」

確かに、アオイの実力ならジムリーダーも務まるだろう。贔屓目なしに、アオイは四天王やチャンピオンと同等かそれ以上の力を持っている。
でも、なんだかアオイには似合わない気もした。ジムリーダーは、ただ挑戦者に勝てばいいというわけではないと聞く。トレーナーを導き、成長させることも、ジムリーダーの役目だと。
正直、そんな殊勝なことをアオイができるとは思えなかった。

……もしかして、だからオーキド博士はアオイにジムリーダーを勧めたのかな。ジムリーダーという職を通して、アオイ自身も成長できるように。

「そっか、アオイにはちょうどいいのかも」

「なんか引っかかる言い方だな」

「気にしない気にしない」

怪訝そうな目をするアオイに、誤魔化すために笑って見せる。
アオイは眉を顰めたけれど、コーヒーを飲み込んで流してくれた。
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