反抗期
「やあ、サラちゃん。昨日ぶり」

久しぶりの帰郷をまっさきに出迎えてくれたのは、ポケモンバトルの師匠であり目標の1つでもある母でも長年慣れ親しんだご近所さんでもなく、アサメタウンに越してきて1年にも満たないお隣さんだった。ついでに付け加えるなら、同じ日にプラターヌ博士からポケモン図鑑を託された同期であり、一応ポケモントレーナーとしてはライバルでもある。

サラは彼の姿を認め、かすかに眉を顰めた。

軟派な性格が気に食わないとはいえ、顔も見たくないほど嫌っているわけではない。だが、郷愁に浸りたい時に会う相手としては不適当だった。
一応お隣さんとはいえ、この町で彼と過ごした時間よりも町の外でバトルした時間の方が確実に長い。それに、

「アナタ、またイメチェンしたのね」

サラはショートの金髪とカラコンでブルーに彩られた瞳に目を眇めた。
昨日はミディアムショートの茶髪にグリーンの瞳だったはずだ。その前は色は変わらないが、パーマをかけていた。さらに前は覚えていないが、今とは違う色と髪型をしていたのは確かだ。
このイノリという少年は、会うたびに姿が変わる。
髪型、瞳の色、服装。そのどれかは必ず変えないと気が済まないらしく、サラは全く同じ格好をしたイノリを二目と見たことがなかった。はじめて会った時の姿など、もはや彼方の記憶のものでしかない。

「サラちゃんも、珍しくポニーテールなんだね。いいね、似合ってる」

「べつに。暑かっただけよ」

事実を言っただけなのだが、何故か言い訳じみたものになった。
そのことを自覚し、ついと顔を背ける。普段は下ろしている髪が生き物のように揺れた。

「サラちゃんらしいな」

なにがおかしいのか、イノリがくすくすと笑う。

「機能性重視もいいけど、たまには気分で髪型を変えてみるのもいいんじゃない?」

「それってつまり、アナタは気分がころころ変わるってこと?」

「それもあるけど、オレのは反抗期かな」

「反抗期?」

随分と彼らしくないワードだ。
彼と彼の母親は仲がいいように見えるのに。もっとも、他人の家庭に深入りする趣味はないため、表面上のものしか知らないが。

「そう。反抗期」

繰り返された単語の意味に反して、その声色はやけに爽やかだった。

「オレはさ、1つのイメージに囚われるのが嫌いなんだ」

「ティエルノといえばダンス、トロバといえば勉強、みたいに?」

「そんな感じ。その2人やサラちゃんみたいに、1つの道を極めようとする人を否定はしないし、それはそれですごいことだと思うけど、オレは嫌なんだ」

語る声はやはり内容のわりに涼しく、それゆえに軽く聞こえた。

ポケモンバトル、ポケモンの研究、探偵の助手、トレーナープロモ、ホテルのバイト、写真、トリミアンカット、その他諸々。
イノリは様々な分野に手をだし、そして当然のように成果を挙げる少年だった。その節操のなさに呆れたこともあったが、彼なりの信念の結果だったようだ。

「で、それと反抗期がどう繋がるのよ」

「そんなふうに考えるようになったのは、将来有望なサイホーンレーサーサキの息子って評価が嫌になったからなんだ。サイホーンレース自体は嫌いじゃなかったけど、当然のように将来はサイホーンレーサーになるものだって言われ続けるのが癪だった」

「ふーん」

イノリの言うこともわからないわけではなかったが、自分とは相容れない考えだ。
両親ともにエリートトレーナーで、幼いころから自分もそうなるものだと信じて疑ったことはなかった。プレッシャーに押しつぶされそうになることもあったが、期待されること自体に悪い気はしなかった。

「アナタって、意外と天邪鬼なのね」

「そうかもね」

ははは、と声を立ててイノリは笑う。
やっぱり軽い、とサラは眉をひそめたのだった。
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