水遊び
「クアッ」
スワンナのアルが、オレめがけて“みずでっぽう”を発射する。オレは水を流し続けるホースを持ったまま、右に跳んだ。目標を失った水が庭の芝生をさらに濡らす。
外野からゼブライカのシーマとドリュウズのグリがやんややんやと声を上げた。
「今度はこっちの番だ!」
右手のホースを振ると、水は鞭のように弧を描いてアルに向かっていった。
アルは翼を羽ばたかせ、空に逃げる。と、アルがいた場所に人影が現れた。
あっという声が2つ重なる。
光り輝く大粒の雫がいくつも落ちていく。
それは現れた青年の頭を無情にも濡らした。
緑の長い髪から、水滴がしただり落ちる。
姿が見えて1秒でみすぼらしい姿になってしまった友人に、オレはぎここちなく片手を上げた。
「よお、N。水もしたたるいい男、だな」
「誰のせいだと思っているんだい?」
不機嫌さを隠そうとしない声音に、オレは乾いた笑いをもらした。
横からシャンデラのユラが超能力でタオルを渡し、濡れたモノクロのキャップを外した。アリガトウ、とさっきとは打って変わった柔らかな声で礼を言い、Nはタオルを受け取った。
「ユラはいい嫁になるな」
おや馬鹿丸出しの呟きに、意味はわからずとも誉められたことは感じ取ったのか、ユラは頬に手をやって照れた。
クアクアー、と「わたしはー?」とでも言うように、目の前にアルが降り立つ。
「お前は明るい家庭を築けそうだな」
頭を撫でてやると、アルははしゃいだ声を上げて翼をばたつかせた。
オレはついと視線を滑らせ、Nを見やった。Nはタオルで頭を拭きながら、ユラとなにか話している。
「悪かったな、水ぶっかけちまって」
「いいよ、わざとではないみたいだし。それより、そんな格好でなにをしていたんだい?ユラは水浴びといっていたけれど」
Nがそんな格好と指すのは、珍しく着た半袖短パンを肌に張り付くほど濡らしたオレの姿だ。
「ああ、最初は暑いから水浴びしてたんだけど、いつの間にか水遊びになっちまったんだよ」
ただの水浴びだと、水が苦手なユラやグリは退屈してたけど、水遊びにまでなると外野で楽しそうにしてたから、結果としてはよかったかなと思う。
「Nもやるか?」
「いや、遠慮してお」
「クアッ」
Nが断りの言葉を言い切る前に、アルがNに向かってみずでっぽうを発射した。
さっきは濡れるのを免れた足先まで、ぐっしょりと水がかかる。髪だけでなく、服の袖からも水がしたたった。
呆然とした顔で佇むNに、遊ぼ遊ぼとアルがじゃれつく。おろおろするユラとムーランドのリクの横で、グリとシーマが囃し立てた。ジャローダのタージャはいつも通り我関せずとどくろを巻いて目を閉じている。
「N、大丈夫か?」
ついとNは視線をオレに寄越した。青にも緑にも見える瞳はどこまでも静かで、感情が読み取れない。
怒りを顕わにされるより、よっぽど怖い。
「ミスミ、それ、貸してもらってもいいかい?」
「これ?」
Nはオレの持つホースを指差した。
いまいち意図がわからない。
が、なんとなく怖かったから、首を捻りながらも手渡す。
Nは地面に水を垂れ流すホースの口をオレに向けた。
そして、
「うぎゃっ!?」
無言でホースの口を強く摘まみあげた。
当然、圧を増した水が鉄砲のごとくオレの顔を撃つ。口や鼻にまで水が入って、つらくて堪らない。
オレはNの照準から逃れ、軽く咳き込んだ。
隣に立っているグリが背中を擦ってくれる。息を整えてグリに礼を言い、オレはNを睨んだ。Nは悪びれた様子がないようにも、少しは申し訳なく思っているようにも見える顔をしていた。
「いきなりなにすんだ!」
「ここまで濡れてしまったのなら、参加してみてもいいかと思って」
「それはいいけど、不意討ちと顔を狙うのはやめろ」
ドスのきいた声で吐き捨てると、Nは素直すぎる態度で、ごめんと謝った。
くそ、調子狂う。
「こうなりゃ、全面戦争だ。リク、水鉄砲持ってきてくれ」
「きゃう」
リクはオレの鞄を漁り、水鉄砲を見つけると、差し出したオレの手にのせた。
オレは水鉄砲を構え、Nに向けた。
「覚悟しろよ!」
向かい合うNの口の端が、少し上がった気がした。
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