連想スケッチ
「ハルー!」
自分の部屋で研究資料を纏めていたら、アツシ君がひいちゃんを引き摺ってやってきた。
僕は目を丸くした。
「どうしたの?」
「ひいがハルに用があるんだ」
どんっとアツシ君がひいちゃんの背中を押した。
ひいちゃんはたたらを踏んだけれど、すぐに持ち直して、いつものように淡々と口を開いた。
「ハンサムさんが、人を探すのを手伝ってほしいんだって」
「で、ハルにそいつの似顔絵を描いてほしいんだってさ」
アツシ君が続けた。
言いたいことはわかるけど、事情が飲み込めない。
「えーと、協力はするけど、もっと詳しく事情を説明してくれないかな」
いきなり似顔絵を描けと言われても、その人が誰なのかもわからないし。
二人は顔を見合わせ、ややあってアツシ君が話せよと促した。
「少し前に、ハンサムさんがある事件の調査でイッシュ地方に行ったよね」
「ああ、なんとか人だかなんとか団だか言ってたあれだね」
「それで、その事件の重要人物がいなくなったから、探すのを手伝ってくれって言われたの。でも、その人の写真がないから、ハンサムさんから聞いた特徴から、ハルに似顔絵描いてもらったらわかりやすいかと思って」
「なるほど、そういうことなら任せてよ」
ポケモンの研究でスケッチはよくするから、絵は上手い方だ。少なくとも、ポケモンを描こうとして化け物を描くひいちゃんやアツシ君よりは。二人も自覚があるから、わざわざ僕に頼みにきたのだろう。よかった、自覚があって。この二人の絵は精神衛生上よくないから。
僕は机の上の資料を簡単に片付けて、ルーズリーフと筆記用具を取り出した。ひいちゃんとアツシ君が手元を覗き込んでくる。
「で、どんな人なの?」
「確か、プラズマ団の王様で」
「団なのに王なんだ」
団長やボスじゃないんだ。国でも興す気だったのだろうか。
ルーズリーフの端に『プラズマ団の王』とメモしておく。
「黒いドラゴンを連れてるらしいよ」
「へえ、黒いドラゴンポケモンって珍しいね」
僕が知ってる中ではギラティナだけかな。ドラゴンポケモン自体珍しいから、それはお目にかかりたい。
右端に『黒いドラゴン』と書いておく。
「で、他には?」
「ないよ」
「えっ?」
「ハンサムさんが言ってたのはこれだけ」
当然のことのように、ひいちゃんは言い放った。
今までの情報に外見に関するものがなかったんだけど。
「ひいちゃん、この情報だけで似顔絵を書くのは流石に無理だよ」
「どうして?」
「どうしてって、外見どころか、性別や年齢もわからないし」
「女王じゃないんだから、男だろ」
アキラ君が口を挟んだ。
うん、そうだね。女ではないかもしれないね。
とりあえず、端の方に小さく『男』と書いておいた。
視界の端で、アキラ君が得意げな顔をしていた。
「王様だから、きっと髭が生えてると思う。王冠も被ってるよ」
真面目な顔をしてひいちゃんが言った。
意味がわからなかったけど、適当に輪郭を描いてふさふさとした髭をつけてみた。頭に王冠を被せるのも忘れない。髪は髭に合わせて長くふわふわにしておいた。
ひいちゃんが心なしか満足げにしている。
「王様なら、やっぱ赤いビロード着て、すんげー立派な杖とか持ってんじゃね?」
さあ描けと言わんばかりの顔で、アキラ君は僕を見た。
何か間違ってると思いながらも、その通りに描く。
大まかに出来上がった全体図を見て、僕は自問自答した。
僕は何を描こうとしているんだろう。
これじゃ、ただの王様のイメージだ。
仮にも逃亡中の人間がこんな目立つ格好しているわけなし、そもそも、こんな老年なのかも定かじゃない。組織を纏めてたのならそれなりの年齢だろうけど、アカギが意外と若かったから、この人も20代かもしれない。
軌道修正するために、僕は二人に質問をした。
「プラズマ団って、具体的に何をした組織なの?」
「えっと、確か、ポケモンを解放しなければならないという建前で、世界征服をしようとしてたみたい」
「極悪人じゃねえか!」
ひいちゃんの言葉を聞いて、アキラ君が叫んだ。
ポケモンを解放するという建前はよくわからないが、ようはギンガ団みたいにポケモンを悪い事に利用していたのだろう。
のっぺら坊の顔を悪そうなのにしてみた。
なんだこのおとぎ話にでも出てきそうな悪い王様。黒いドラゴンポケモンを使って世界を滅ぼしそうだ。
「よし、これで探せるな!」
「無理だよ」
「なんでだよ」
アツシ君はむっとした。
こっちがなんでだよ。
「なんでって、これは『プラズマ団の王様』から二人が連想した姿でしょ? 本当にこんな姿かどうかわからないじゃないか」
「本当にこんな姿かもしれないよ」
「その可能性もないことはないけど、確定じゃないから、この絵を手掛かりに探すのはやめた方がいいよ」
「そっか」
ひいちゃんは一応納得したようだ。
アツシ君がまだ何か言っていたが、無視する。
「こんな絵より、もっと確かな情報を手に入れようよ」
「でも、こっちからハンサムさんに連絡できないよ」
「イッシュで起こった事件のことはイッシュの人に訊くのが一番。ひいちゃん、前にイッシュから来た人に会ったって言ってたよね?」
「ああ、Sさんね」
「あれ、Lって言ってなかったっけ?」
「オレはFって聞いたぞ」
ひいちゃん、人の名前覚えるの苦手だから、アルファベットだったことしか覚えてないんだな。
まあ、今はその人の名前はどうでもいいや。
「その人に訊いてみたら、何かわかるかもしれないよ」
「じゃあ、Sさんを探してみる」
「そいつにこの絵を見せて、こいつがプラズマ団の王様か訊けばいいんだな?」
いや、そうじゃない。
しかし、訂正しようにも時すでに遅し。
アキラ君は絵とひいちゃんを引っ掴んで部屋から走り出ていってしまった。
僕は呆然と立ち尽くしたまま、追い掛けることが出来なかった。
頼むから、話は最後まで聞いてよ。
後日聞いた話では、そのイッシュから来た人は、苦笑を浮かべて「違う」とだけ答えたらしい。
プラズマ団の王の行方は、未だ不明のままだという。
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