綺麗な魚の話
私は、テンガン山の地底湖で仲間達と一緒に暮らしていました。
穏やかで幸せな時間でした。

しかし、そんな時間も終わりを迎えました。

私は人間に捕らえられてしまったのです。

仲間達と引き離され、狭いボールの中に閉じ込められました。
人間は醜いから、弱いからと私を殴りました。蹴りました。
彼のポケモン達は、私を馬鹿にしました。
私はいつも、狭いボールの中で恐怖に震えていました。

弱いものは、醜いものは、その存在を許されないのでしょうか?

どうしようもなく哀しくなって、私は涙を零しました。
けれど、涙を拭ってくれた仲間達とはもう会えません。
それを思うと、余計に哀しくなりました。


******


ある冬の日、いつものように殴られていると、それを止める声がありました。
それが癪に障ったのか、私のトレーナーは勝負を仕掛けました。
私以外の彼のポケモンは強く、そして美しかったです。
けれど、すぐに全員やられてしまいました。
相手が強すぎたのです。
私のトレーナーは、私を置いてどこかへ行ってしまいました。

ああ、やはりその程度の価値しかないのでしょうか。

私は泣きました。
すると、私を抱き上げる人がいました。
先程、私のトレーナーに勝った人間です。
長くて艶やかな黒髪、細く白い手足、まだ幼さの残る顔は表情が乏しいけれど可憐でした。
私とは正反対です。
この少女も私を殴るのでしょうか。
私はなけなしの力を振り絞って、彼女の腕から逃れようとしました。
けれど、出来ませんでした。
そんな力、もう残されていなかったのです。

私はここで死んでしまうのでしょうか?

どうせ死ぬのならば、せめて故郷の湖で死にたいと思いました。

「ごめんね」

上から声と雫が降ってきました。
見上げると、驚いたことに少女が泣いていました。

何故、彼女は泣いているのでしょうか?

「今、ポケモンセンターに連れていくから」

少女はボールからレントラーを出すと、私を抱いたまま彼に跨りました。

そうして、私はポケモンセンターというところへ連れていかれ、治療を受けました。

三日後、元気になった私を、少女は「一緒に来る?」と誘いました。
人間は怖いですが、彼女なら信じて大丈夫な気がしました。
私は迷いましたが、彼女についていくことにしました。

少女は『ヒイロ』という名前であると仰られました。
そして、私に『レイ』という名前を下さいました。『麗しい』と書いて『レイ』だそうです。
私には、似付かわしくない名前です。
きっとヒイロ様はお優しいから、名前だけでも美しいものにしてくださったのでしょう。

それからの私の生活は、とても幸せなものでした。
ヒイロ様は私を殴りませんし、ヒイロ様のポケモン達も私を馬鹿にしません。
みなさん、とてもよくしてくれました。
ヒイロ様はチャンピオンを目指しているので、私は苦手なバトルも頑張りました。ヒイロ様のおかげで、少しは強くなったような気もします。
容姿は相変わらず醜かったけれど、ヒイロ様がくださるポフィンというお菓子のおかげで、鱗のつやはよくなりました。
少しは、ましに見えるようになったでしょうか?


******


ある日、バトルが終わった後、体の奥から何かが沸き上がる感覚がしました。
その不思議な感覚に身を任せると、体の形が変わっていくのがわかりました。

「おめでとう、進化したんだね」

ヒイロ様が仰りました。
仲間のポケモン達も、綺麗になったと褒めて下さいました。
私は驚いて、水面を覗きこみました。

そこには、とても神秘的で美しいポケモンがいました。

それが自分であるとは、にわかに信じられませんでした。
前より強く、美しくなれて、私は嬉しくなりました。
けれど、一つだけ残念なことがありました。
ヒイロ様から綺麗になったと言われなかったのです。
やはり、私は醜いままなのでしょうか……。

その数日後、ヒイロ様の幼馴染みであるアツシ様にお会いしました。
アキラ様は私を見るなり、

「すっげぇ綺麗になったな」

と興奮した様子で仰りました。
その言葉に、ヒイロ様は首を横に降りました。
私は哀しくなって、泣きそうになりました。
けれど、その後に聞こえてきた言葉は、私の予想とは全く違いました。

「レイは、昔から綺麗だよ」

私は何と言えばいいのかわからなくなって、ただただヒイロ様のお顔に鼻面を押し付けて泣き出してしまいました。
頬を包んてくださるヒイロ様の小さな掌はとても温かくて、私はさらに涙を流しました。
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