歌を歌おう
丘の上に立つ大きな木に背を預け、故郷の子守唄を歌う。
オレに寄り添うムーランドのリクは船を漕ぎ、その横でどくろを巻くジャローダのタージャは、春の日差しを浴びて快さそうに尾を揺らした。ドリュウズのグリ、ゼブライカのシーマ、スワンナのアルはオレの歌に妙な合いの手を付けながら花弁の舞う中で踊り、シャンデラのユラは歌に合わせて身体を揺らす。
我ながらへたくそな歌だが、こいつらが楽しそうにしてるから、オレも気分がいい。
歌が終わりに近づいた時、リクがぴくっと耳を立てた。
どうしたんだ、と訝しく思うと同時に、背後で声がした。

「やはりキミか」

歌うのをやめて振り返ると、Nが木の幹の後ろからひょっこり現れた。当然のような顔をして、Nはオレの隣に腰を下ろした。
相変わらず神出鬼没なやつだな。
いい加減慣れて驚かなくなったけど、毎回毎回どっから湧いて出てくるんだか。

「久しぶりだな。なんか用か?」

オレのポケモンたちに挨拶されるNに尋ねると、なにもと首を横に振った。

「ただ、奇妙な歌が聞こえてきたから、キミじゃないかと思って」

「ひとの歌を奇妙呼ばわりすんな!」

オレと一緒にグリ、シーマ、アルの3匹も声を上げた。
そうだそうだ、言ってやれ。

少しして、Nの顔に微笑が浮かんだ。

「なるほど。奇妙な歌ではなく、面白い歌か」

「お前ら、それフォローになってねえよ」

3匹はそろって首を傾げた。
ああ、うん。こいつら、普段はおとぼけトリオだもんな。バトルの時は別人(別ポケモン?)みたいに頼りになるのに。
がっくりと肩を落としたオレを気遣うようにリクが見上げ、ユラが火を灯す手で頭を撫でてくれる。
タージャは他人事のようにあくびをしていた。こういう時のタージャは悲しくなるくらい冷淡だ。

とりあえずNの脳天に手刀を叩き込んでおく。
Nは帽子ごと殴られたとこを押さえて呻いていたが、まあ手加減はしてるから大丈夫だろ。

「キミは相変わらず暴力的だね」

「お前が腹立つこと言うのが悪い。だいたい、ひとの歌どうこう言う前に、お前の歌はどうなんだよ」

「ボクの歌?残念ながら、キミのように面白おかしいものではないよ」

「もう一発いっとくか?」

握った拳を見せてやると、Nはさっと腕で頭をかばった。
ばかめ、腹ががら空きだ。
なんて思ったけど、やめておいてやろう。
拳を開いて腕を下ろすと、Nはあからさまにほっとしたような顔をした。

「なあ、なんでもいいから歌ってみろよ」

「急に言われても、歌える歌がないのだけれど」

「なんでもいいって。歌詞がわからないんだったら、適当にらーだのあーだので歌えばいいし」

ほら、と強く促す。
グリたちも一緒になってせっつくと、Nはわかったよとため息交じりに了承した。
照れくさそうに目を閉じ、Nは歌いだした。
あまり大きくはないけれど、よく通る声で旋律を口ずさむ。

この歌、セッカシティでよく歌われてるやつだな。
2匹の伝説のドラゴンの歌。
Nらしい。

それにしても、こいつ、普通に歌うまいな。
音痴だったら大笑いしてやろうかと思ってたのに。

歌が終わり、ポケモンたちがまばらな拍手を送る。

「お前、普通にうまくて腹立つな」

「歌えって言ったのはキミだろう」

理不尽だとでも言いたげな顔でNは反論した。

「そうだけど、なんでそんなうまいんだよ」

「音楽は数学であり、物理学だからね。キミにもわかるよう説明すると」

「説明されてもわかんねえから、説明しなくていいぞ」

長くなりそうなNの話を遮る。
が、Nは無視して話を続けた。いつものことだが、ひとの話はちゃんと聞けよ。
嘆息しつつ、音楽と数学の話を聞き流す。ほとんど理解できていないが、音階をつくったのが数学者ということだけはわかった。すぐ忘れると思うけど。
しばらくして、語るだけ語りつくしたのか、Nは話を切った。それから、今度はちゃんとオレに話を振る。

「ねえ、今度はキミの歌を聞かせてくれないか?」

「奇妙な歌を?」

「どんなに下手でも、キミの歌は楽しそうだから好きだよ」

「それ褒めてねえよ」
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