あの日あの時この場所で
ジャローダのタージャとムーランドのリクをつれて、蔓草を纏ったカラクサの路地裏を歩く。旅立ちの日にはじめて訪れた時も狭く薄暗かったが、あの頃はオレのフードの中と腕の中に収まっていた2匹が進化して逆にオレを乗せられるくらいの図体になったおかげで、余計に狭く感じられた。それはそれで冒険心をくすぐるものがあるが、タージャは不満らしく不機嫌そうに尻尾の先を揺らしている。日当たりが悪いのもマイナスポイントだろうな。

じゃあ、開けたところに向かうかと、緩やかな石の階段を上る。
上の方から陽気な音楽が聞こえてきて、オレは小さく鼻歌を歌った。旅立ちの日よりも重くなった鞄の中身がリズムを刻む。それに合わせて、リクも尻尾を振った。

階段を上りきると、ぱっと視界が開けた。
目に映る世界が明るくなって、澄みきった青空が広がる。柵の前まで小走りで駆け寄って、オレは思い切り深呼吸をした。
青々と生い茂る木々と、それを切り開いて作られた道。その先に続くサンヨウシティはカノコタウンやカラクラタウンより大きく、背の高い建物が多く立ち並んでいる。
さらに奥には雲を被った山が雄壮に聳え立っていた。その山に向かって鳥ポケモンの群れが羽ばたいていく。
旅立ちの日にも思ったけど、やっぱりいい眺めだな。

「あの街にも、あの山にも、もう行ったんだよな」

旅立ちの日はこの景色を眺めて、これから色んな場所を旅するんだと未来を思い描いてわくわくしたが、目に映る場所すべてを回った後となっては過去を振り返って懐かしさが湧いてくる。
タージャもリクも同じ気持ちなのか、静かに遠くを眺めていた。
春風が髪を揺らして通り過ぎていく。旅立ちの日もこんな風が1番道路の花弁を舞わせていたな。

「キミも来ていたのか」

ふいに、聞き覚えのある声が降ってきた。そっと振り仰ぐと、予想通り民家の屋根に腰を下ろしたNの姿があった。
はじめて会った時もそこにいたが、高いところが好きなんだろうか。なんとかと煙は高いところが好きって言うしな。

「お前こそ、イッシュに帰ってきてたのか」

「ああ。色んな地方を見て回ったけれど、やはりここは懐かしさを覚えるね」

屋根から飛び下り、ゆっくりとNが近付いてくる。
はじめて会った時はあまりの怪しさに警戒したが、今更こいつ相手に身構えることはない。タージャの方は顔を顰めていたが、それもただの条件反射だろう。オレもNの顔を見ると、たまにそんな顔をしたくなる。

「キミたちとはじめて会ったのも、この場所だったね」

「そうだったか?」

同じことを思い出していたことが妙にむずかゆくて、すっとぼけたセリフが口をついてでる。
それに気付いているのかいないのか、Nは気にした様子もなく懐かしむように遠くを見た。

「プラズマ団の王となり、はじめて城の外に出たあの日、ボクはキミと出会い、キミたちの声を聞いた。ボクが数式を解くまでもなく、キミと出会った瞬間にボクの世界は変わっていたんだ」

それはNの城で別れる前にも聞いたことだった。
タージャとリクの声。トレーナーが好きだと、一緒にいたいという、本当なら世界にありふれているはずのポケモンの声。
だが、それでNの世界が変わって、巻き込まれるようにオレの運命も変わった。

もしもあの時出会わなかったら、どうなっていたんだろう。
きっとオレは英雄なんてものになることはなく、普通のトレーナーとしてポケモンと旅を続けていた。けど、多分Nは――

「オレと出会わなくても、お前の世界は変わってただろうけどな」

Nは虚をつかれたように目を丸くした。
でも、そうだろ。人間が好きなポケモンなんて、ごまんといるんだ。たまたまNがはじめて聞いたトレーナーが好きだという声がタージャとリクのものだっただけで、それ以外にオレたちじゃなきゃいけない理由はどこにもない。きっとこいつはオレと出会わなくても、どこかでポケモンと信頼しあっているトレーナーと出会って、そいつを理想の英雄と戦う真実の英雄にしたはずだ。

肩を竦めて、ため息をつく。
と、ぽかんとした顔が元に戻り、真面目に頷いた。

「そうかもしれない」

正直なところ、その返事にいい気はしなかった。ショック、というほどでもないが、胸の内にもやもやしたものが生じる。
あれは運命の出会いだった、なんて鳥肌が立つようなことを言ってほしかったわけでは断じてないが、あれだけの迷惑をかけられたんだ。せめてもっとオレでなければならない理由がほしかったのかもしれない。

「けれど、あの時出会ったのがミスミでよかったと思うよ」

不貞腐れた顔を上げると、Nがこっちを見て満足げに微笑んでいた。
その瞬間のむずかゆさは最初の比でなく、オレは逃げるように顔を背けて柵の向こうの景色を眺めた。
リクが仕方なさそうに見上げてきて、タージャが面白がるようにぺちぺちと蔓で後頭部を叩いてくる。そしたものをすべて振り払うためにオレはいつもと同じように憎まれ口を叩いた。

「オレにとっては、いい迷惑だったけどな」

だが、効果は今一つのようだった。
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