不本意なおせっかい
サムピアのベンチで休みながら、多くの船で賑わう海をなんとはなしに眺める。
同じ海のはずなのに、ここ――ヒウンシティから見る海と故郷のカノコタウンから見る海は全然違う。
今日のように晴れて波も凪いでいる時、カノコの海は澄んだ春の青空を映した色をしていた。だが、ヒウンの海は月も星もない夜空のように暗く深い。風にのる潮のにおいも、慣れ親しんだものではなかった。
海はすべて繋がっているはずなのに、なんでこうも違うのだろう。

つらつらとそんなことを考えていると、膝で船を漕いでいたハーデリアのリクがぴくっと耳を立てた。続いて隣に座るジャノビーのタージャとヒトモシのユラが、少し遅れて海に向かって叫んでいたモグリューのグリとシママのシーマが顔を上げる。
どうした、と口を開きかけたその時、背後からできればあまり聞きたくない声がした。

「やはりキミだったか」

嫌な予感に小さく舌打ちして振り返り、オレは言葉を失った。
そこにいたのは、出会うたびにひとに理解させる気もないような早口で持論を捲し立てるNとかいう野郎だった。
それは予想通りだ。顔を顰めこそすれ、今さら驚くことでもない。
オレをぎょっとさせたのは、Nの格好だった。
頭のてっぺんから爪先まで全身ずぶ濡れで、身体に張り付いた服やへたれた髪から水が滴っている。

こんな晴天に、なんで1人だけ土砂降りにあったような状態なんだ。

「……お前、なんでびしょ濡れなんだよ」

「さっきトモダチと遊んでいたら、海に落ちたんだ」

なんてことのないふうにNは言う。
案外子供っぽいとこもあるんだな、と相手が相手だったら和めたかもしれない。今までこいつにされたことを考えたら、絶対に無理だけど。

「で、その格好のままオレの前に現れるほどの用はなんだ」

「特に用というほどのことはないけれど、海からキミの姿が見え」

その先の言葉はくしゅんという間抜けなくしゃみに飲み込まれた。
Nは慌てて掌で口元を覆う。

当然だ。
夏が近くなってきたとはいえ、海開きは当分先。濡れたままじゃ、馬鹿でもないかぎり風邪をひく。
いや、夏風邪は馬鹿がひくものだったな。

「お前、馬鹿なんだな」

さっさとホテルにいくなりして、乾かす方が先決だろうに。
なんで用もないのに、オレのとこにくるんだよ。

Nは眉をひそめ、反論するつもりか口を覆っていた手を下ろした。が、出たのはまた間抜けなくしゃみだった。
流石に恥ずかしかったのか、ばつの悪そうな顔で目線を逸らされる。

やっぱり、意外と子供っぽいな。和めはしないけど。

こいつのせいで周りの視線も痛いし、とっとと離れるか。
こんな変人と同類と思われたら一生の恥だ。

「用がないなら、オレはこれで。風邪には気をつけろよ」

いくぞ、と相棒たちに声をかけ、オレは立ち上がった。
リクとタージャとシーマ、グリがオレに続く。が、ユラだけはベンチから動こうとしなかった。
ユラ、と名前を呼ぶが、すまなそうに首を横に振るだけで、オレについてくる様子はない。それどころか、頭上の炎を目一杯に燃やしてNに寄り添った。
Nがユラを抱き上げ、目を細める。

「アリガトウ」

ユラに礼を言う声はふくよかで、今この瞬間だけ見れば微笑ましい光景かもしれない。
微笑んでいる青年がNでなく、かつやつに抱き締められているのがオレのポケモンでなければの話だが。
ユラは優しくて気が利くし、Nにも懐いてるから、こうなることは当然なのかもしれない。が、なんか腹立つ。

さて、どうすっかな。

無理やり引き離すのは簡単だが、絶対にNがうるさい。そんなことになると面倒だし、そもそもNを暖めようとするのはユラの意志だ。それを踏みにじるのもかわいそうだよな。

助けを求めてタージャを見やると、諦めろとばかりに肩を竦められた。リクも同じように苦笑する。シーマとグリに至ってはまずオレの視線の意味に気付いてすらくれず、首を傾げるだけだった。
こういう時はなんて頼りがいのない相棒たちだろうか。自分のことを棚に上げて、そんなことを思ってしまう。
実際問題、ユラを傷つけずに場を収める方法なんて一つしかない。
こうなったら、腹をくくるしかないか。

「お前、ユラに感謝しろよ」

恨み言めいた呟きに、Nが怪訝そうに眉を寄せる。
オレはバッグからスポーツタオルを引っ張り出し、Nの頭に叩きつけた。

「それじゃ、乾くまでに時間かかるし、ユラが疲れるだろ。だから、ホテル行くぞ」

オレの精一杯の提案に、Nが目を丸くした。
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