赤との邂逅
湖が光っていると気付いたときには、閃光とともに放たれた衝撃で吹き飛ばされていた。

「いたっ!」

地面に強かに打ち付けられた背中が痛い。
怪我はしてなさそうなのが不幸中の幸いだ。
辺りの様子を確認しようとゆるゆると目蓋を上げると、考えの読めない黒曜石の瞳と目が合った。
さっきまで観察してた人だ。

「大丈夫?」

「……ありがとう」

差し伸べられた手を大人しくとって立ち上がる。

「怪我は?」

「多分してないと思う」

「そう」

随分と落ち着いているな。
私なんて、いまだに混乱してるのに。
大物なのか、単に鈍いだけなのか。

「さっきのは……?」

「ポケモン」

「えっ?」

まさか答えが返ってくるとは思わなかった。
あの状況でよくわかったな。

「もしかして、伝説のポケモン?」

「多分」

「あなたの目的もそれ?」

「うん」

私の予想は当たっていたようだ。
それにしても、本当に伝説のポケモンなんていたんだ。
こんな近くにいるなんて、なんだか、不思議な感じがする。

伝説のポケモンを見に来たという少年は、感慨深そうに湖を見ていた。
何を思っているかはわからないけれど、なんとなく私と似たようなことを感じているような気がする。

「見れてよかったね。私なんて何度もここに来ているけど、初めて見た」

姿なんて見えなかったけど、存在を感じられただけでも運がよかったのだろう。
世界中のポケモンを見てみたいと思うけど、それは不可能に近そうだ。

「また見てみたいな」

「見られるよ、きっと」

「だといいけど」

普通だったらお世辞なんだろうけど、彼が言うとそうには聞こえない。不思議な人だ。
伝説のポケモンについて訊こうかと思ったけどやめた。
それ以上にこの人に興味が湧いた。

「トレーナーみたいだけど、どこから来たの?」

「マサラタウン」

「どこ、そこ」

なんとなく聞いたことある気はする。でも、思い出せない。
彼は少し困ったように眉を下げて、カントー地方はわかるかと訊いてきた。

「なんとなく」

「そこの南にある町」

「随分と遠いところから来たんだね」

シンオウ全体も知らない私にしてみれば、想像もつかないほど遠い。

それにしても、そんな南方から来たのなら、シンオウの寒さは堪えるだろう。半袖で大丈夫なんだろうか。
たまに半袖で雪かきしてる人いるけど、あれは慣れてるからだろうし。
そんなことをつらつらと考えていると、案の定、隣からくしゅんっとくしゃみが聞こえた。

「大丈夫?」

彼は小さく頷いたが、腕は震えており、頬には赤みが差している。
もっとはやくに気付いてあげればよかった。
私は首に巻いたマフラーを外して手を伸ばした。でも、彼の首にはちょっと届かない。

「ちょっと屈んで」

彼は訝しげな視線を寄越したが、言った通り屈んでくれた。
その首にマフラーを巻く。
彼は目をしばたかせた。

「あげる。これで少しはましだと思う」

「……ありがとう」

彼はかすかに目を細めた。
笑った、のか?
僅かな変化過ぎてわかりづらい。
ここにアツシがいたら、お前もだろ!ってつっこまれそうだけど。

「でも、君は?」

「コート着てるし、寒さには慣れてるから」

「……頭に雪ついてるけど」

「えっ」

慌てて頭に手をやる。
帽子被るの忘れてた。
風邪ひかないといいけど。

「じっとしてて」

「うん」

彼の手が私の頭に触れる。
雪を落としてくれてるんだろうけど、撫でられてるみたいで、くすぐったいというか、面映ゆいというか。

「とれた」

彼は自分の帽子を外して私に被せた。
今度は私が目をしばたかせる番だ。

「しばらく被ってなよ」

「いいの?風邪ひくかもしれないよ」

「そんなにやわじゃないから」

「さっきくしゃみしてたのに?」

指摘すると、バツが悪そうに視線を逸らした。
意外とわかりやすい人なのかもしれない。

「……ボクのことは気にしなくていいから」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

このままだと譲り合って膠着状態に陥りそうだし。
そうなると面倒。
それに、ちょっと惜しいけれど、そろそろ帰らないといけない時間だ。

「私はもう帰らないといけないけど、あなたはどうするの?」

「目的は達成できたから、マサゴタウンへ行こうと思う」

「じゃあ、途中までいっしょにいく?私、フタバタウンに住んでるから」

「いいよ」

それから、私達は歩きながら色々と話した。
話したといっても、大概は私が質問して、彼が答えるだけなのだけど。
なんでも、彼はシンオウのポケモンリーグに挑戦するために来たらしい。
湖の伝説のポケモンは、ミオシティの図書館で知って興味を持ったと言っていた。
そんな風に話していると、時間というものはあっという間に過ぎてしまうもので、もうマサゴタウンとフタバタウンへの分かれ道に来てしまった。
やっぱり、このまま別れるのは惜しい。

「……帽子返さないと」

帽子をとって差し出す。
だけど、彼は受け取らなかった。

「それは、また会う時まで君が持っててよ」

「会えないかもしれないのに?」

「会えそうな気がするから」

何故か、その言葉を信じてみようと思った。
私は、また帽子を被る。

「リーグへの挑戦、頑張って」

「君も気を付けて」

マサゴタウンへ向かう少年の背中を見送る。

彼と再会できるのは、いつになるだろうか。

もう一度伝説のポケモンを見るのと、どちらが早いだろうか。

その日が早く来ることを願って、私は帰路についた。
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