遥か遠き白銀の
「いけ、トウ」

ヒヅキさんが投げたボールからポリゴンZが現れた。曲線で構成されたピンクと水色の身体がバグったように動いている。
ピカチュウとカビゴンからは一目で威圧されるほどの圧倒的なパワーを感じたが、このポリゴンZはそこまでではない。だが、妙に得体がしれなくて気味が悪かった。

「……よし、お前に決めた。アル!」

少し悩んでから、オレはスワンナのアルが入ったボールを投げた。地面にあたって開いたボールから出てきたアルが、雪に紛れるくらい白い翼を広げる。ポリゴンZを見ると、不思議そうに首を傾げて「クアァ」と間の抜けた声を上げた。
オレにとっては得体のしれない相手も、アルにとっては変わったものを見た、くらい感覚らしい。ある意味頼もしいな。

「アル、“ふぶき”だ」

アルが翼を振ると、霰が猛吹雪となってポリゴンZに襲い掛かった。それは吹雪を通り越して雪崩のようなものだった。
雪の壁がポリゴンZを呑み込もうとした瞬間、

「“サイドチェンジ”」

ぱっとポリゴンZの全身から光が放たれた。瞬きをした直後、アルがいたはずの場所にポリゴンZが現れる。そして、吹雪の向こうからアルの悲鳴が上がった。

なっ、今、なにが起こったんだ……!?

「“でんじほう”」

「あっ、“はねやすめ”」

大砲のように放たれた電撃に、衝撃で働かない頭で咄嗟に回復技を指示する。アルが翼を折り畳んで休んだところに電気の砲弾が直撃した。
体力は全回復できたし、“はねやすめ”の効果で一時的にひこうタイプではなくなったからなんとか耐えたが、それでもみずタイプも併せ持つアルには効果抜群の一撃で、いつもはのんきな顔にも苦悶が浮かんだ。

「“トライアタック”」

休むことも許さず、ポリゴンZは赤青黄色の光線を1つに纏めて発射する。アルは翼を広げて上空に逃げようとしたが、さっきの“ふぶき”で翼が凍ってしまったらしく、飛び立てず真正面から3色の光線を食らってしまった。
短い悲鳴とともに崩れ落ち、白い羽毛に雪が降り積もる。もう起き上がることもできないだろう。

「お疲れ、アル」

アルをボールに戻し、オレは“ふぶき”を撃った時になにが起きたのか必死で考えた。
あの時、ヒヅキさんが指示した技は“サイドチェンジ”だ。あまり見ることもないから存在すら忘れていたが、確かダブルバトルやトリプルバトルの時にテレポートで自分と味方のポケモンの位置を入れ替える技だったはず。
それを、あのポリゴンZは自分とアルの位置を入れ替えるのに使ったのか? そんなことが可能なのか?
……わからないが、実際そうなったんだ。なら、理屈は置いておいて、今できる対策を考えねえと。

「シーマ、頼んだ」

悩んだ末、接近戦が得意なゼブライカのシーマのボールを選ぶ。勢いだけはつけて投げたボールから現れたシーマは白と黒の縞模様の身体に電気を纏わせ、威嚇するようにばちばちと鳴らした。気合いは充分だ。

「“ニトロチャージ”」

「“ふぶき”」

シーマは全身に炎を纏わせて駆け出した。ポリゴンZが“ふぶき”で押し返そうとするが、勢いを殺すことなく猛吹雪の中を突っ切っていく。ポリゴンZは奇妙な動きで避けようとした。だが、“ニトロチャージ”の効果で素早さを増した脚力で追いつき炎の突進を食らわせる。ポリゴンZは後ろに弾け飛んでいった。そのままの勢いで、シーマは二撃目を食らわせに向かう。
が、

「“サイドチェンジ”から“トライアッタック”」

またテレポートで立ち位置を入れ替えられ、背後から3色の光線を撃たれた。後ろ脚にあたって転びかけたが、なんとか持ち直して方向転換する。

「“ワイルドボルト”!」

全身を纏っていた炎を電気に変え、全速力で駆け出す。かすかにポリゴンZがテレポートの光を放ったが、“サイドチェンジ”が決まるよりもシーマが稲妻のように突撃する方が先だった。再び弾き飛ばされ、ポリゴンZは悲鳴を上げる。だが、すぐに空中でくるりと態勢を整えた。

「“ふぶき”」

ポリゴンZは自分自身すら巻き込んで、雪崩のような猛吹雪を起こした。シーマとポリゴンZの姿が吹雪の中にのまれていく。

「“ニトロチャージ”で相殺するんだ!」

白の中で赤い炎が燃え上がる。揺らめく炎はポリゴンZを探すように縦横無尽に動いていた。

「“トライアタック”でとどめをさせ」

炎めがけて、3色の光線が放たれた。炎を纏ったシーマはあえて光線に突っ込んでいき、まっすぐポリゴンZに向かっていった。3色の光線が消え、炎が大きく揺れて止まる。
そして吹雪が晴れた時、そこにいたのは大きな雪玉に頭を突っ込んだシーマだけだった。

「なっ、ポリゴンZは!?」

驚愕するオレを嘲笑うように、ヒヅキさんの後ろからひょっこりとポリゴンZが顔を出す。その頭をヒヅキさんが褒めるように撫でた。
もしかして、“サイドチェンジ”で雪玉と自分の位置を入れ替えたのか!?

「シーマ、大丈夫か?」

声をかけるが返事はない。動く様子もない。戦闘不能だ。

「あとは休んでてくれ」

シーマをボールに戻す。ボール越しに見たシーマはぐったりと横になっていた。
これでオレの手持ちは1匹だけか。もう後がない。それでも、最後まで諦めずに食らいついてやる。

「タージャ、お前に任せたぞ!」

ボールから出てきたジャローダのタージャは長い身体を伸ばして鎌首をもたげ、鋭い緋色の瞳でポリゴンZを睥睨した。
だが、ポリゴンZとヒヅキさんは気にした素振りすら見せない。それを認めて、タージャはわずかに口角を上げた。
オレの手持ちでわかりやすく戦闘狂なのはグリとシーマだが、実はタージャも強敵と戦えることに喜びを覚えるタイプだった。

「“とぐろをまく”」

「“トライアタック”」

ぐるりととぐろを巻いて攻撃力と防御力を高めるタージャに、3色の光線が放たれる。避ける間もなく真正面から食らったが、タージャは全然きいてないとばかりに鼻を鳴らした。

「“つばめがえし”」

タージャは滑るように雪原を駆け抜けてポリゴンZに近付き、尾を刀にして音速で振り下ろした。目で捉えることもできない必中の一撃にポリゴンZが奇妙な悲鳴を上げる。

「続けろ、タージャ!」

タージャはさらに尾を素早く振った。何度も“つばめがえし”をポリゴンZに食らわせる。

「“サイドチェンジ”」

“つばめがえし”の猛攻から逃げようと、ポリゴンZがテレポートの光を放つ。同時に、タージャの背後にある岩が光ったのが見えた。

「後ろだ、ダージャ!」

タージャが振り返るのと、ポリゴンZが岩と入れ替わるのは同時だった。風を切るように尾がポリゴンZに振り下ろされる。
形容しがたい声を上げて、ポリゴンZは雪の上に落ちた。
へえ、と抑揚のない、けれどもわずかに弾んだように聞こえる呟きがヒヅキさんの口から漏れる。

「トウ、お疲れさま」

ヒヅキさんがポリゴンZをボールに戻したところで、ようやく倒せたという実感が湧いてきた。
「よくやった」と昂った気持ちでタージャに声をかける。だが、タージャは喜ぶどころか蔓で後頭部をはたいてきた。油断するなよ、ということらしい。

わかってるよ。このトレーナーを前にして、油断してる暇なんてないことくらい。
それでも、手応えを感じるごとに湧き立つ高揚感を抑えることはできなかった。最初は勝ち負けなんてどうでもいいからさっさと終わらせようと思っていたのに、今ではオレもこのバトルを楽しんでいた。

「いけ、セイ」

次にヒヅキさんが繰り出したのは、突起のついた甲羅と長い首が特徴的なポケモン――ラプラスだった。場違いにも美しい鳴き声が雪山に響く。
みず・こおりタイプのポケモンか。これまた厄介な相手がでてきたな。相手の弱点をつくことはできるが、それはあっちも同じこと。それに、こおりタイプのポケモンにとって霰は味方だ。長期戦になれば、タージャの方が圧倒的に不利。どうにかして、短期決戦に持ち込まねえと。

「タージャ、“つばめがえし”で距離をつめろ!」

「“ふぶき”」

雪崩のような吹雪が吹き荒れる。四方八方から襲い来る猛吹雪から逃れる術はない。だからこそ、タージャは“つばめがえし”の勢いを利用して吹雪の中を突っ切っていった。ラプラスの背後に回り、ヒレに尾を打ちつける。

「“リーフブレード”」

さらに尾を草の剣に変えて、何度もラプラスを斬りつけた。ラプラスも尻尾やヒレを使って応戦するが、スピードが足りず受け流しきれていない。

「“サイコキネシス”で距離をとれ」

見えないサイコパワーを叩きつけられ、タージャが吹き飛ぶ。なんとか受け身はとったが、冷たい雪の上に勢いよく叩きつけられた。

「“ふぶき”」

「“へびにらみ”」

ラプラスが畳み掛けるように“ふぶき”を放つ瞬間、鎌首をもたげたタージャの目がラプラスを睨みつけた。怯んだように、いや、痺れたようにラプラスの動きが止まる。その隙にタージャが再び距離を詰めた。

「これでとどめだ、“リーフブレード”!」

タージャの草の剣がラプラスの首に迫る。
その時、ラプラスがヒヅキさんを振り返った。視線を交わし、ヒヅキさんが頷く。

「“しんぴのまもり”」

ラプラスの身体が不思議な光に包まれる。だが、それ以上なにか起きることはなく、“リーフブレード”を受け、悲鳴までも美しく響かせてラプラスは雪の上に倒れた。「ありがとう」と労わりの言葉をかけて、ヒヅキさんがラプラスをボールに戻す。
これで、ヒヅキさんのポケモンは残り3匹。そのうち1匹は大ダメージを負っている。大丈夫、まだ勝機はある。

「タージャ、勝つぞ」

「ジャロ」

当然、とばかりにタージャが鼻を鳴らす。
頼もしい。タージャとなら、ヒヅキさんに一泡吹かせてやれるはずだ。

「いけ、ハク」

ヒヅキさんが投げたボールから、けたましい声を上げて岩のような肌を持ったポケモンが飛び出した。
翼を広げて鈍色の空を旋回するあのポケモンはプテラだ。大昔に絶滅したポケモンだが、化石から復元されて現代に甦ったと聞いている。
こんな珍しいポケモンも持っていたのか。

「“とっしん”」

「“へびに……、“とぐろをまく”」

上空から凄まじい勢いでプテラがタージャに向かって滑空する。オレは“へびにらみ”でプテラを麻痺させようとしたが、プテラを包む不思議な光を思い出して咄嗟に“とぐろをまく”を指示した。
プテラが頭から突撃してくるが、タージャはとぐろを巻いて受け止めてみせた。そのせいか、それとも特性が“いしあたま”なのか、“とっしん”の反動ダメージを受けた様子もないプテラが再び大空に舞い上がる。その身体を守るように、不思議な光がプテラを包み込んでいた。
あの光――ラプラスが残した“しんぴのまもり”で守られているかぎり、プテラは状態異常にはならない。まったく、面倒なものを残してくれたな。

オレとタージャは空を舞うプテラを見上げた。こっちの攻撃は接近技しかない。攻撃しようにも空を飛んでいる相手には当たらない。相手が近付いてくるまで、“とぐろをまく”で能力を高めるしかなかった。

「“おいかぜ”を吹かせてから“とっしん”」

「“リーフブレード”で迎い撃て!」

今度は自ら作りだした追い風に乗ってプテラが滑空してくる。タージャは尾を草の剣に変えて構えた。
スピードを増し、さっきよりも勢いをつけてプテラが突撃してくる。タージャは身体を捻って避け、プテラの翼を尻尾で斬りつけた。だが、プテラは怯むことなくタージャの腹に全体重をかけて体当たりを食らわせた。吐くような悲鳴がタージャの口から上がる。だが、すぐに歯を食いしばって尾をプテラの背に叩き込んだ。
さらに続けて攻撃するが、今度はプテラが草の剣戟を足の爪で受け流した。そのまま何度か草の剣と尖った岩のような爪の攻防が続く。
正直、じり貧だ。このまま続けても決定的なダメージにはならない。その前に霰でタージャの体力が削りとられてしまう。どうにかして、この状況を変えねえと。

だが、先に動いたのはプテラの方だった。

「“フリーフォール”」

ぎりぎりのところで草の剣を躱したプテラが、足の爪でタージャの首を捕らえて飛び上がる。ぎりぎりの高さまで連れていったところで、地上に叩き落とすつもりだ。
タージャが抵抗するように草の剣に変えた尾でプテラの脚を斬りつける。だが、うまく動けないせいで大したダメージにならない。

ここまでか……。
あの高さから落とされたら、これまでの戦いと霰で体力を削られたタージャは耐えられない。
このままなにもできず、敗北の時を待つしかないのか。

……いや、1つだけできることはある。
だが、それをしても勝つことはできない。ただ負けるか、徹底的に抵抗して負けるかの違いだ。
そんなことをする意味なんて……

「ロオオォダ!」

叱咤するような雄叫びが頭を打つ。はっと顔を上げると、タージャが諦めることなく“リーフブレード”で抵抗しようとしていた。
そうだな。ここで諦めたら一泡吹かせてやれない。ただで負けてなんかやるもんか。

「タージャ、巻きつけ!」

「ロォダ!」

よしきた、とばかりにタージャは長い身体と蔓を使ってプテラの身体に巻きついた。甲高い声が狼狽えたように乱れて響く。足の爪を離してタージャを落とそうとするが、もう遅い。翼も拘束され、空を飛ぶ手段を失ったプテラはタージャとともに真っ逆さまに落ちていった。
遥か上空から落ちた2匹が雪原に叩きつけられる。衝撃で舞い上がった雪が辺りを覆う。その白が晴れても、タージャとプテラは動かなかった。いや、どちらも動けなかった。
蔓の這う岩のように絡まった2匹の上に雪が降り積もるのを、ヒヅキさんが呆気にとられた顔で見ていた。
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