考えは甘いけれど
焚火の中に小さな枝を投げ込むと、ぱちぱちと爆ぜる音がした。
たったそれだけのことも、初めて野宿をするボクにとっては新鮮で、旅をしているという実感が湧いて口元が緩む。
その時、近くで枝の折れる音が聞こえた。食材を採りにいった戦士が帰ってきたのだろう。
ボクは顔を上げた。
「戦士、おかえり……て、お前何もってるんだ!?」
こっちに歩いてくる戦士は、何故か生き物のように活き活きと動く袋を持っていた。
なんだ、そのやたらと活きのいい袋は。新手のモンスターか。
戦士は平然とした顔で、その袋を軽く掲げてみせた。
「今日の夕食ですよ」
「それが!?お前は何をつくる気だ!?」
「ニクトヤサイニターノです」
「それ鍋!」
「いいえ、ニクトヤサイニターノです」
「なにその妙なこだわり!?」
ボクのツッコミを無視し、戦士は暴れる袋の中に手を突っ込んだ。
怖いもの見たさで、その手元を覗きこむ。
「勇者さんもつくるの手伝ってくださいね」
「それはいいけど、ほんとにその袋になに入ってんの?」
これです、と戦士は袋から取り出したものをボクに向かって投げた。
思わず伸ばした腕に、何か暖かいものが落ちてくる。
兎だ。
その辺の野山によくいる、褐色の体毛に覆われた野兎だ。
状況がわからず呆然としていると、野兎は腕の中で暴れ、地面に転がり落ちた。けれど、野兎はじたばたするばかりで、逃げる様子はない。よく見れば、野兎の足は縄できつく縛られていた。
ちゃんと受け取ってくださいよ、と戦士が非難がましく言う。
「なにこれ?」
「それが兎以外に見えるんですか?眼球取り出して丸洗いした方がいいんじゃないですか?」
「嬉々としてにじりよるな!」
身の危険を感じ、愉しそうに口角を上げる戦士から距離をとる。
実際に目玉を取り出されはしないだろう(と思いたい)が、目つぶしくらいはされかねない。
「そうじゃなくて、なんで兎を縛って袋詰めしてたんだよ。かわいそうだろ」
「なんでって、食うためですけど」
「えっ……?」
再び野兎に視線を落とす。
兎はじたばたと必死にあがいていた。
そういえば、さっきニクトヤサイニターノとか言ってたが、もしかして、いや、もしかしなくても、
「肉って、この兎?」
「当たり前でしょう。なんですか?肉の切り身が野山駆け巡ってるとでも思ってたんですか?」
「思ってないし、その光景はなんか嫌だ!」
確かに、肉といえば店に売っている解体されたものしか思いつかないけど。
ボクの反論を、心底どうでもよさそうな顔で戦士は適当に流した。
「どうでもいいですから、さっさとそいつ捌いてくださいね」
ぽいっと戦士は抜き身のナイフをボク目がけて投げた。
あぶなっ!
慌てて避けるとほぼ同時に、さっきまでボクがいた場所にナイフが綺麗に刺さった。
「ちっ」
「舌打ち!?なに、刺す気だったの!?」
「そんなこと、思ってるに決まってるじゃないですか」
「わかってたけど、いい笑顔で言うな!」
どうして、戦士はいつもいつもボクを攻撃してくるんだ。
ぼやきながら、地面に刺さったナイフを抜く。
このまま放っておいたら、今度は直接刺されそうだ。
言われた通り、兎を捌こう。
やったことも見たこともないが、文字のみで知った知識でなんとかなるだろう。なんとかなるよね。なんとかなればいいな。
地面に膝をつき、暴れる兎を押さえた。手のひらから伝わる暖かさや毛の柔らかさに躊躇する。
なるべく気にしないようにして、ナイフを野兎の首筋をあてた時、つぶらな瞳と目が合った。縋るような視線に手が止まる。
……頼むから、そんな目でみるなよ。
それから、どのくらい経っただろうか。ほんの数秒だったかもしれないし、もっと長かったかもしれない。
ボクはナイフを持った右手を動かした。
野兎の足を拘束する縄を切る。押さえつけていた左手をどかせば、野兎は放たれた矢みたいに走り出した。野を駆けるその姿はすぐに見えなくなる。
ボクはほっと胸を撫で下ろした。
と、後ろから頭を掴まれた。
こうなることはわかってたけど、こわい。
「勇者さん、なにしてるんですか?」
「……かわいそうだったから、逃がしました」
「女子力アピールですか?鳥肌立つからやめてください」
「ちげえよ!」
ツッコミと同時に戦士の手から逃げ出し、まろびながらも距離をとった。殴られるのを警戒して身を硬くする。
けれど、予想に反して、戦士はため息を吐いただけだった。
「まあ、いいですけど」
「えっ、いいの?」
「なんですか?殴られたかったんですか?」
「そんなはずあるか!」
拳を握る戦士から、また一歩離れる。
戦士は残念そうな顔をして(するなよ)、話をもとに戻した。
「正直、勇者さんにできるとは思ってませんでしたから」
「じゃあ、なんでボクにやらせようとしたんだよ」
「勇者さんの困ってる様子が見たくて」
「ひどい理由!」
予想通りすぎてつまらなかったですけど、と戦士は愉快そうに笑った。
怒られなかったのはいいけど、なんか釈然としない。
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