ハッピーフラワーガーデン
できあがった輪の中にグラジオを座らせると、諦めて大人しくなってくれた。ソウヤはグラジオに憐れみの目を送っているけれど、ボクはいいことをしたと思う。
昼食はみんなで持ち寄ったお弁当だ。ママお手製のおにぎりをはじめカントーらしいメニューのお弁当。ハウが持ってきたマラサダ。リーリエが持ってきたポケモンも食べられるきのみたっぷりの一口タルト。そこに手持ちのポケモンフードやポケマメを加えれば、人間5人、ポケモン28匹――ロトム図鑑も入れたら29匹――という大所帯でも充分な量のランチになる。一応、グラジオの携帯食料もあるしな。
ていうか、グラジオ、せっかく目の前に豪勢な料理があるんだから、こっちを食べなよ。なんで、さっきからもそもそと自分の携帯食料を齧ってるんだ。
「兄さま、こちらもどうぞ」
見かねたのか、リーリエがおにぎりやおかずを取り分けて、おずおずとグラジオに差し出した。
グラジオはなんとも複雑そうに顔を顰める。しかし、妹の好意を無下にはできなかったらしく、「気を遣うな」と憮然とした態度をとりながらも受け取っていた。
「あっ、ハウ。それ、俺のマラサダだろ」
「あははー、ごめんー。ついー」
「ついって、お前な……。まあ、いいか」
隣では口元にマラサダの食べかすをつけて笑うハウにソウヤが諦めたようにため息をついていた。
「前から思ってたんだけど、ソウヤってハウに甘くない?」
相手がボクだったらもっと怒るだろ、と口を挟むと、ソウヤは当然のことのように答えた。
「普段の行いの差」
「なんだと!?」
「それに、ハウは怒る気なくす顔してんだよ」
「あっ、それはわかる」
ボクらは無邪気なハウの笑顔を眺めた。
なんか毒気を抜く顔をしてるんだよな、ハウって。
「ところで、なんでハウとガオガエンはところどころ焦げてるんだ?」
「ドリぼうのスパルタの成果」
ソウヤの答えに、ああー、と納得する。あれは仕方ない。
「でもー、楽しかったよー」
と、ハウはガオガエンと顔を見合わせて心から楽しそうに笑った。その肩をドリぼうが労うように叩く。まるで、悪くはなかった、と褒めているかのようだ。
ドリぼうのスパルタについていくなんて、ハウってやっぱりタフだな。
そうやって、ピクニックらしい賑やかなランチを楽しんでいるうちに、お腹がいっぱいになって、箸――ハウたちはフォークを使ってるけど、ボクとソウヤはやっぱり箸の方が楽――を置く。
このまま腹ごなしに散歩してもいいけど、みんなと一緒にいたいから、なんとなく近くの花を何本か摘んで編んでみた。長い縄のようになった花々の端と端を繋げば、丸い花の輪――ようは花冠のできあがりだ。
うん、綺麗にできた。久しぶりだったけど、結構手が覚えてるもんだな。
「よし、これは今日頑張ってくれたリギルにあげよう」
黙々とポケモンフードを食べるリギルに近付いて、そっと兜の上に山吹色の花冠をのせる。リギルは皿から顔を上げて、前足でてしてしと花冠に触れた。嫌がってるわけじゃなさそうだけど、喜んでるわけでもなさそうだ。
うーん、花にはあまり興味ないのかな。
むしろ、ルキダの方が興味津々で、青水晶のような瞳を輝かせてリギルの頭を飾る花冠を見つめていた。
「よしよし、ルキダにもつくってあげるよ」
頭を撫でてそう言ってあげると、ルキダはこーんと嬉しそうな鳴き声を上げた。さっそく花を摘んでさっきと同じように編んでいく。
と、それを見てか、サンぼうがどすどすとソウヤの背を爪で小突きはじめた。ソウヤは痛そうに顔を顰めて振り返り、サンぼうの腕を掴んだ。
「俺につくれってか?」
「ドォ」
どすどすと今度は掴まれていない方の手でソウヤの脇腹をつつく。その腕も掴んで、ソウヤは渋々といった態度で「わかったわかった」と頷いた。
サンぼうの腕を解放して、ソウヤも花を摘む。そうして迷いのない手つきで花を編みはじめると、ハウが意外そうに目を丸くした。
「ソウヤもつくれるんだー」
「昔、ユヅルの練習に付き合わされたんだよ」
「なんだよ、その嫌そうな言い方。途中から張り合ってボク以上に練習してたくせに」
「してねーよ」
「してた!」
花を編む手は止めずに睨み合う。
実はソウヤも負けず嫌いなこと、ボクはちゃんと知ってるんだからな。生まれた時から、いいやお腹の中にいた時から一緒のボクに隠しごとができると思ったら大間違いだ。
「でも、花冠をつくれるなんてすごいですね!」
気を遣ったのか、リーリエが割って入ってきた。リーリエに免じて、ボクもソウヤも矛を収める。
「そうだねー。意外とユヅルも女の子らしいことするんだねー」
「意外とって……ハウも何気に失礼だな」
「騙されるな。こいつは王子様になりたくて花冠のつくり方を覚えたんだぞ」
「ソウヤ!」
王子様になりたかったのは本当だけど、騙されるなってなんだよ、騙されるなって!
頬を膨らませながらも手は動かしていたから、ちゃんと花冠はできあがった。ながら作業になっちゃったけど、いいできだ。
ルキダの頭に被せてあげると、ふわりと尻尾を振って喜んでくれた。日の光を浴びて、白銀の毛並みが輝く。雪割りの花のように山吹色の花冠も光に包まれた。
「うん、本物の妖精みたいに綺麗だ」
「こーん」
ルキダは照れたように顔を伏せて身を捩った。ロコンからキュウコンに進化して、可愛いというよりは綺麗という言葉がぴったりになったけれど、こういう仕草をするとやっぱり可愛いと思う。
ソウヤの花冠もできあがったらしく、ほらと乱雑な手つきでサンぼうの頭に花冠を被せていた。サンぼうはご満悦といった顔で胸を逸らしている。すると、マリぼうもねだるようにソウヤの肩を揺すりだして、ソウヤはまた渋々花冠をつくりはじめた。
それを見て、ハウも「おれもつくろー」と花を摘む。慣れた手つきで花を編むハウに、ボクは目を丸くした。
「ハウもつくれるんだ」
「たまにー祭りでつくるからー」
ああ、なるほど。アローラではお祭りの時に花の首飾りをかけることもあるもんね。歓迎の印に花飾りを貰ったこともあるし、カントーよりも花飾りをつくる機会は多いのか。
さてと、ボクもまた他の子の分をつくろうかな。
鼻歌まじりにまた花を摘んで編む。と、いつの間にか隣にやってきたリーリエが手元を覗き込んできた。
「気になる?」
顔を上げて尋ねると、リーリエは少しきまりの悪そうな顔をした。
「ええ。お恥ずかしながら、私はつくり方もわからないので」
「じゃあ、教えてあげるよ。えっと、まずは――」
実際にやってみせながらつくり方を説明すると、リーリエは真剣な顔で真似しはじめた。慣れない手つきで、すごくゆっくりではあるけれど、少しずつ形になっていく。
「うん、ちゃんとできてる。あとはちょうどいい長さになるまで、それの繰り返し」
「はい!」
たどたどしくも一生懸命に花冠を編むリーリエはまるで映画にでてくるヒロインみたいだった。この中の誰よりも花園で遊ぶ姿が絵になっている。邪魔しちゃ悪いからしないけど、リーリエの手をとって花の指輪を嵌めてあげたら映画のワンシーンみたいになるんだろうな。それこそ、ボクが昔夢見た王子様とお姫様みたいに。
なのに、
「お前、意外と不器用だな」
ソウヤが雰囲気をぶち壊す一言を投下しやがった。
「ソウヤ! 君ってやつは、どうしてそうデリカシーがないんだ!」
うるさい、とばかりにソウヤは顔を顰めて耳を塞いだ。
こいつは本当にどうしようもないな!
「いいんです、ユヅルさん。本当のことですから」
「いや、でも、こいつにはガツンと言っておかないと」
リーリエは優しいから気にしてないらしいけど、双子の片割れとして更生させてやらないと。もう手遅れな気もするけれど。
「そうだぞ。いいだろ、本当のことなんだから。それに、リーリエは意外と根性あるんだから、こんなことでへこたれずにそのうちうまくなるだろ」
フォローのつもりなど一切なく、ただの本心を語るソウヤにリーリエは嬉しそうに頬を染めた。
色々言ってやりたいことはあるけど、今回は一応ちゃんといいことも言ったから、これ以上はなにも言わないでおいてやろう。ちゃんとうまくできてるよー、とハウやリーリエのポケモンたちも励ましにきてるし。
でも、家に帰ったらお説教な。
そうやって見守られながら、リーリエのはじめての花冠が完成した。上から目線になっちゃうけど、はじめてにしてはうまくできてる。リーリエ自身も満足のいくできだったらしく、口元に誇らしげな笑みを浮かべた。
と、ソルガレオがリーリエの背中を鼻で押した。リーリエは目を丸くして振り返る。
「ほしいのですか?」
ソルガレオはコスモッグ時代を思い出すような笑みを浮かべて頷いた。ふっとリーリエも優しげな微笑を浮かべる。
「あなたには少し小さいかもしれませんが」
そっとリーリエの手がソルガレオの頭に花冠をのせる。まったく大きさがあってなくて、不格好にも見えるはずなのに、不思議と太陽のような花はソルガレオによく似合っていた。
うん、これも映画のワンシーンみたいで綺麗だ。
その光景に満足して、ボクはリーリエのお手本用につくっていた花冠を見下ろした。
これは誰にあげよう。
辺りを見渡すと、どことなく微笑ましそうにリーリエを見守るグラジオが目に入った。よし。
「グラジオ!」
「なっ!?」
ボクはそっとグラジオの背後に回って、花冠を被せた。驚いたように振り返るグラジオに、にっと笑ってやる。
「さっきから君だけ仲間外れになってたからな。それ、あげるよ。なんなら、シルヴァディたちの分もつくってあげる」
「いるか」
予想通り花冠は外され突き返された。
「いいじゃん、記念に貰っておいてよ」
もちろん受け取らずに、ボクはまた新たな花冠をつくりはじめる。グラジオは諦めたようにため息をついて花冠を地面に置いた。そのまま置いて帰られそうだけど、投げ捨てないだけ優しいな。なんかちょっと嬉しくなってきた。
天気はいいし、花は綺麗だし、お弁当はおいしいし、みんなと一緒だし、想定外のことはあったけれど、
「楽しいピクニックだな」
小さく呟いた言葉は誰にも聞こえなかったらしく同意は得られなかったけれど、そこかしこから聞こえるはしゃいだ声が答えだった。
→あとがき