勝利はアーティスティックに
様々な色合いの緑をパズルのように組み合わせた外壁をエメラルドグリーンの光がいくつも駆け上がっていく。
そのビルの入り口の両脇には金のモンスターボールのオブジェクトが飾られており、外に張り出た屋根の上にはスタイリッシュなモンスターボールの看板が立てられていた。
プラズマ団を追いかけていた時は気にする余裕もなかったが、改めて見るとヒウンジムはかなり奇抜な外観をしていた。
ジムリーダーのアーティさんの趣味なんだろうか。芸術的観点ではどういう評価になるか知らないが、素人のオレからすれば派手だなという感想が真っ先に浮かぶ。
すげーな、と感心半分呆れ半分で首を反らして眺めていると、前から声をかけられた。
「やあ、ミスミ」
「チェレン」
顔を正面に戻すと、開かれたジムの扉から幼馴染のチェレンがでてくるところだった。
オレはちょっとチェレンに駆け寄った。
「久しぶりだな。どうしてた?」
と、訊いてから、愚問だったなと思った。この場所とチェレンの目標を考えれば、答えはすぐにでてくる。
「たった今、ジムリーダーのアーティさんに挑んだところさ」
やっぱりな。
誇らしげな笑みを口元に浮かべて、チェレンはジムを振り返った。
「流石ジムリーダーだね。ジムバッジを入手するのにちょっと手こずったけれど、まあ、僕にかかればむしタイプも問題なしだね」
「自信満々だな。ちょっと鼻伸びてんじゃねえか?」
チェレンがまた一歩夢に近付いたことが素直に嬉しい反面、天邪鬼な部分がちょっと憎まれ口を叩く。
けれど、生まれた時から一緒にいる幼馴染が今更そんなことを気にするはずがなく、なんてことない顔でオレに向き直った。ただ、まっすぐ前を見た瞳には強い光が灯っていた。
「このままイッシュ地方のジムリーダー全員に勝利し、そしてポケモンリーグに向かいチャンピオンを超える! そうすれば、誰もが僕を強いトレーナーとして認めてくれる……。それでこそ、僕は生きていると実感できるはず……」
「……チェレン?」
チェレンの様子に引っかかりを覚える。だが、それがなにかはよくわからなくて、うまく言葉がでてこない。
「ミスミはこれからジム戦?」
「……ああ」
神経質そうに眼鏡のつるを中指で上げるチェレンは、いつものチェレンだった。
さっきの違和感は、オレの気のせいだったのか?
「君の手持ちだと、タイプ相性の面では不利だけど」
「だから、一応対策はしてある」
「そう。じゃあ、僕のアドバイスはいらないね」
頑張りなよ、とオレの肩を叩き、チェレンは港の方へ――多分、ポケモンセンターに向かって歩いていく。雑踏に紛れる直前の背中に、いってくる、と投げかけると、軽く手を上げて返された。
やっぱり、チェレンはチェレンだよな。
よし。
気をとりなおすために頬を叩き、ヒウンジムに向き直る。
開かれた扉をくぐると、甘いにおいがむっと強く香った。
なんのにおいだ、これ? どっかでポケモンが“あまいかおり”でも使ったのか?
辺りを見回してみると、木の壁に抽象的な絵画が4枚飾られていた。昨日アトリエヒウンで見たアーティさんの絵に雰囲気が似ているから、きっとこれもアーティさんの作品なんだろう。
近くには誰もいないようだから、奥に進んでみる。
と、目の前に透き通った黄金の壁が立ちはだかった。近付いてみると、甘いにおいがより強くなる。においのもとはこれか。
これがなんなのかはよくわからないが、においもあってミツを固めたものに見える。見上げてみると、周りを囲む壁にもミツが滴っていた。
甘いミツに溢れた六角形の空間は、以前テレビで見た別の地方に棲息しているミツハニーというポケモンと、そいつらの巣を思い起こさせた。
外観以上に独特な内装に目を丸くしていると、
「おーっす!」
と、背後から声をかけられた。
振り返ると、今までどこにいたのか、サングラスをかけたおっさんがひょっこりと入り口の陰から現れる。その人と同じ格好の人もとい役職の人をオレはよく知っていた。
「ガイドーさん」
「挑戦者の方っすね!?」
声を弾ませるおっさんことガイドーさんの言葉に、はい、と頷く。
サンヨウジムやシッポウジムと同じ格好のガイドーさんを見て、やっぱりここはジムなんだと安堵する。あまりにも異様な見た目だから、実はびっくりハウスにでも迷い込んだのかと思った。
「いやあ、ヒウンシティはどうですか? 人が多くてジムに来るだけでへばったでしょ?」
「人がいすぎて目が回りそうでした」
「そうでしょ。というわけで、これを差し上げるっす!」
ガイドーさんはニコニコとおいしいみずを差し出してきた。どうも、とありがたく受け取ってバッグにしまう。
やっぱり、どこのジムでも挑戦者においしいみずを配ってるんだな。
「このジムはですね、壁を突き抜けるのがテーマっす! 一見通れそうにないミツの壁ですけど、頑張ればなんとかなるっす! なんとかならないときは、床のスイッチを踏んでください!」
「へえ」
とりあえず軽くミツの壁を押してみると、少しだけ指先が沈む。そのまま押す力を強めてみると、どんどん全身がミツの中に沈み込んでいき、やがてぽんっと押し出されるように抜け出た。
ミツに覆われる感覚は正直気持ち悪かったが、特殊な加工がされているのか身体にはまったくついていない。
当たり前か。そうじゃなかったら、全身べちゃべちゃにされるもんな。
目に見える範囲にミツの壁がないから木の壁に沿って歩いてみると、この空間にはぴったりなクラウンの姿が見えた。目が合うと、クラウンはにっと口の端を持ち上げ、
「ヒウンジムで繰り広げるのは! まるで芸術のように美しい戦いなのさ!」
モンスターボールを投げた。床にあたって開いたボールから、クルミルが姿を現す。
なるほど。ジムリーダーのもとに辿り着くためには、この人たちを倒していかないといけないのか。
「いけ、リク!」