神話の演者たち
ヤグルマの森からゲートを抜けて段差の多い階段を上ると、シッポウシティとヒウンシティを繋ぐスカイアローブリッジが目の前に広がった。上が歩道、下が車道になっており、車が足下を何度も通り過ぎていく。
橋そのもののデザインは現代風だが、門のように聳える橋梁の主塔だけは中世を思わせるような石造りだった。ヒウンシティ側にも同じような主塔があるはずだが、ここからではヒウンはおろかその主塔すらも見えない。
流石はイッシュ1長い橋と謳われているだけのことはある。今のオレにとっては全然ありがたくないが。

「タウンマップだと短く見えたけど、これは結構歩くな」

うんざりしながら呟くと、シママのシーマの背に乗ったモグリューのグリがブーイングを上げた。ツタージャの頃のようにオレのフードに入れなくなったジャノビーのタージャも不満げだ。どうやら、2匹ともはやく飯を食べたいらしい。
そんな2匹を意に介することなくシーマは今にも走りだしたそうにウズウズし、ヨーテリーのリクはオロオロしながらもタージャを宥めようとしていたが――人見知りでポケ見知りゆえに機嫌の悪いグリにはまだ近付き難いらしい。普段は普通に仲間として接しているだけ、かなり進歩はしているが――、あまり相手にされていなかった。

「リク、ありがとう。シーマはこんなとこで走るなよ。誰かにぶつかったら危ないだろ。グリとタージャは文句言うな。そもそも、こんな時間になったのはお前らのせいだからな」

オレは暮れなずんだ空を見上げた。

本来の予定では、すでにヒウンに着いているはずだった。なのに、予定が大幅に狂ったのは、ヤグルマの森でグリとタージャがペンドラーに喧嘩を売ったからだ。
オレとリクは逃げるぞと言ったのに、2匹は聞き耳持たず。そこに、ボールの中で昼寝していたはずのシーマまで嬉々として参戦するものだから、バトルはより混戦を極めた。
長きに渡る戦いはなんとかこちらの白星で終わったが、3匹とも毒を受けており、慌ててシッポウのポケモンセンターに戻るはめになってしまった。

それでも日が沈むまでにはヒウンシティに着くだろうと高をくくっていたが、この分だと夜になりそうだ。
今日はもうシッポウに戻ろうか。……いや、ここまで来て戻るも億劫だ。
色んな意味で疲れた身体を叱咤して、オレは足を進めた。さっきと変わらない表情でポケモンたちもついてくる。

しばらく行くと、橋の下に広がる景色は緑の森から青い海へと変わった。潮の匂いが強くなって、故郷のカノコタウウンを思い出す。不思議とほっと一息吐いたような気分になった。
これが郷愁というものだろうか。
海なんて、ずいぶんと長い間見ていなかった気がする。旅に出る前は毎日当たり前のようにそばにあったから、余計にそう思うのかもしれない。

空はすっかり橙色から群青へのコントラストを描いていた。金の太陽は自身の色を海に溶かすようにして沈んでいき、その遥か上空では月が銀色に輝いている。
ヒウンの湾を一周するロイヤルイッシュ号から見る夕日がデートスポットとしてテレビに取り上げられていたが、確かに船からこの景色を眺めたらロマンチックな気分に浸れそうだ。オレの場合、一緒に見る相手は恋人ではなくポケモンだが、それはそれでいい思い出だろう。

「綺麗な夕日だな」

「きゃん」

リクが同意するように鳴いてくれた。タージャもさっきまでの不満顔を引っ込めて、緋色の瞳にきらきらと夕日を映している。
シーマとグリも珍しく興味を持って夕日を見つめた。
そして、

「ヒイィン!」

「ぐりゅー!」

突然雄叫びを上げた。
これは、もしかしてあれだろうか。海に沈む夕日に向かって「バカヤロー!」と叫ぶお約束。
そんなものを野生に生きていたはずのシーマとグリが知っているだろうかという疑問はあるが、知らなかったとしても本能で夕日を見ると叫びだしたくなるものなのかもしれない。
なんにしろ、これも一つの青春か。
リクが苦笑し、タージャが白い目を2匹に向けた。

「シーマ、グリ、叫ぶのはいいけど、足は動かせよ」

了解、とばかりに2匹が返事をする。
ちゃんとついてきていることを確かめて、オレは少し足をはやめた。

ぽつぽつと道路灯がつき始め、すっかり日も沈みきった頃、眼前に眩いばかりのビル群が現れた。まだ少し距離があるというのに、ここまで明かりが届いてきそうなほどだ。
あれがヒウンシティ。イッシュ地方のビジネスの中心か。


******


ヒウンシティのビル群は夜雲を突き破る勢いで聳え立ち、昼も欺く光を放って地上を照らしていた。さざ波の音は雑踏の声にかき消されて聞こえない。
海に感じた郷愁など、一瞬で吹き飛ぶ。
首が痛くなるほど立ち並ぶビルを見上げ、オレはぽかんと口を開けた。

4年前に来たことはあったが、やっぱりすげえな。
田舎者丸出しも恥ずかしいから顔を正面に戻すが、どうしても上が気になった。

少し歩いただけでもすれ違う人が途切れない勢いで、足元でリクがおろおろしだす。グリとシーマは興奮していて、今にも駆けだしたそうにしていた。

「リク、お前はボールに戻ってろ。グリとシーマも」

ほっとした顔のリクと不満げなグリとシーマをボールに戻す。

「タージャは?」

オレと同じように時々ちらちらとビルの屋上を見上げていたタージャは首を横に振った。そして、蔓を伸ばしてオレの手に絡める。

「おっ、なんだなんだ。迷子になりそうで不安なのか?」

「ジャノ」

逆だアホ、とばかりにタージャは意地の悪い笑みを浮かべた。

こいつ、本当にいい性格してるな。

色々言いたいことはあったが、はぐれられても困るので、おてて繋いで人混みをかき分けていく。
とりあえず、目下の目標はホテルとレストランだ。歩き通しですっかり空腹だった。
タウンマップで検索して見つけた格安のホテルとその近くにあるという隠れ家的レストラン――タウンマップに載ってる時点で隠れてねえだろ、というツッコミは野暮だろう――をギラギラと存在を主張する看板の中から探す。

そうやって上を向いて歩いていたせいだろうか。

突然、タージャがオレの手から蔓を外して離れた。どうしたんだと思うと同時になにかにぶつかって、衝撃で後ろに倒れそうになる。が、尻餅をつく前にタージャが蔓で支えてくれた。

「ありがとな。けど、気付いてたならぶつかる前に言えよ」

礼と文句を並べて言うと、タージャは肩を竦めてみせた。
お前なあ、とさらに文句を言い募ろうとした時、さっきぶつかったなにかが声を発した。

「あれ? 君、ヤグルマの森でプラズマ団と戦ってくれた……」

振り返ると、彫りの深い柔和な顔立ちの青年が首を捻ってオレたちを見下ろしていた。
このタレント然とした姿には見覚えがある。ヒウンジムのジムリーダー、アーティさんだ。

「確か名前は……」

「ミスミです。さっきはぶつかってすみませんでした」

ぶつかってしまったのが因縁つけてはこなさそうなアーティさんだったことに安堵して軽く頭を下げる。
と、アーティさんの顔に理解と苦笑が浮かび、

「そうだ、ミスミさんだ。気にしないでいいよ、こっちも急いでたから。むしろ、ちょうどよかった」

「えっ?」

突然オレの腕を掴んで走りだした。
わけがわからないまま、オレは転ばないよう足を動かした。慌てたようにタージャが後ろをついてくる。

「ちょ、ちょっと! なんなんですか、いったい!?」

振りほどこうとするが、アーティさんは気にしたふうもなくどこかに向かっている。
細い身体のいったいどこにこんな力があるんだ。

「さっき連絡があってさ! プラズマ団がでたらしいんだ! だから、君も来てよ!」

アーティさんは前を向いたまま答えた。
なるほど、そういうことか。……って、納得できるか!

「そういうことは最初に言ってください!」

他にも色々言いたいことはあったが、まずはじめにつっこみたかったのはそこだった。
この人、かなりのマイペースだよな。クイーン・オブ・マイペースのベルで慣れてるとはいえ、結構面倒くさい。
それにしても、またプラズマ団か。これでいったい何度目だ。旅にでてから、あいつらの起こした事件に巻き込まれてばかりな気がする。
正直、もう巻き込まれるのはこりごりだ。むやみに首を突っ込んで、ポケモンたちを危険に晒したくはない。
けど、今回はジムリーダーがついてるんだし、そこまで心配はない、か?
嫌だって言っても、多分この人聞いてくれねえだろうし。
楽観と諦観からオレはそれ以上の文句を呑み込んで、アーティさんに引っ張られるまま夜を知らないヒウンの街を駆け抜けた。
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