試すは知識
「この先がポケモンジムとなっております。一番奥で強くて優しいジムリーダーが待ってます」

シッポウ博物館2階の奥、副館長のキダチさんに案内されたシッポウジムへの入り口は、目立つものではなかった。知らずに館内を回っていたら、関係者入口と勘違いしそうだ。というか、した。
おかげでジムの入り口を探して、30分以上も館内をうろうろするはめになった。見かねたキダチさんに声をかけられなかったら、多分あと30分は彷徨っていただろう。

「ちなみに、ジムリーダーのアロエは、わたくしの奥さんなのです」

キダチさんは人のよさそうな薄味の顔に誇らしげな笑みを浮かべた。

ジムリーダーのアロエさんは博物館の館長も兼任していると聞いていたから、勝手に老年をイメージしていたが、思った以上に若いのかもしれない。
前にアララギ博士が、イッシュでは若い女性の研究者たちが活躍しているのだと自慢げに語っていたが、アロエさんもその1人なんだろうか。

「そうなんですか。……あっ、案内ありがとうございました」

「いえいえ。頑張ってくださいね」

キダチさんがにこやかに去っていくのを認め、オレはジムへの入り口をくぐった。

中には大きな本棚が等間隔に並んでいて、溢れた本が本棚の上や脇に積んであった。壁一面も本棚になっていて、古本特有のどこか懐かしいような甘い臭いがする。
ポケモンジムというより図書館か古本屋のようだ。

入るところを間違てしまったんじゃないだろうか、という考えが過った時、本棚の奥からやけにハイテンションな声が響いた。

「挑戦者の方っすね!」

「えっ、あっ、はい」

本棚のかげから現れたのは、サングラスのおっさんだった。
髪型といい、人好きする笑顔といい、どこからどう見てもサンヨウジムにいたガイドーさんにしか見えないのだが、ドッペルゲンガーかなにかだろうか。サングラスで目が見えないから、似てるように見えるだけかもしれないが。

「博物館のその奥で挑戦者を待つポケモンジム……。なんか、雰囲気あるっすよね。というわけで、これを差し上げるっす!」

「どうも」

ガイドーさん(仮)に差し出されたのは、ペットボトル入りのおいしいみずだった。サンヨウジムでも貰ったが、そういうきまりなのだろうか。
オレはおいしいみずを受け取り、バッグにしまった。

ガイドーさんの口振りから、ここは確かにシッポウジムで間違いないらしい。
よかった。これで間違っていたら、ジム戦前に精神的に疲れ果ててしまうところだった。

「では、ジムそのものについて説明するっすよ! このポケモンジムは、本に隠された問題を解いていくと先に進めます。ちなみに、最初の本は『はじめましてポケモンちゃん』です」

「わかりました」

ジムごとにシステムも全然違うんだな。
この膨大な蔵書の中、目当ての本を探し出すのは大変そうだ。

本棚ごとに書かれた分類に目をやり、オレは児童書の棚に向かった。


******


児童書の棚に収められていた『はじめましてポケモンちゃん』という童話の中には、次の問題が書かれたメモが挟まっていた。そのメモを頼りに探し出した本にもメモが挟まっていて、それをヒントにまた次の本を探しに向かう。
そうやって3つの問題を順調にクリアし、最後の問題が書かれたメモも手に入った。

「この本棚から、奥に2つ、左に1つ、手前に2つ、右に1つ、奥に1つ……。ここか」

メモの通りに歩いてポケモンの棚のところまでいくと、書見台に『イッシュ地方のポケモンの生態』という本が閉じた状態で置かれていた。恐らく、この本の中に最後のメモが挟まっているのだろう。

適当に開いてみると、シビルドンというポケモンの写真が目に入った。白い腹と黄色と赤の模様が描かれた紺色の背で構成された細長い身体に、背と同色の腕と腹と同色のヒレがついている。イッシュ地方に棲息しているらしいが、写真でもはじめて見るポケモンだ。
なんとなく気になって、周りの解説を読んでみると、水中にいそうな見た目に反して洞窟に棲息しているらしい。おまけに、まさかのでんきタイプだ。
しかし、ふゆうという特性のおかげでじめんタイプの攻撃は受けないらしく、実質弱点となるタイプがないと書かれていた。

「こんな変なポケモンもいるんだな」

ポケモンも奥が深い。
さらにページを捲っていくと、ツタージャの項目にいきついた。

ツタージャ――タージャの生態か。そういや、そんなに知らなかったな。
なんて書いてあるんだろ。

『知能が高く、とても冷静。太陽の光をたっぷり浴びると、動きが鋭くなる』

『太陽の光を浴びると、いつもよりもすばやく動ける。手よりもツルをうまく使う』

『しっぽで太陽の光を浴びて、光合成をする。元気をなくすと、しっぽがたれさがる』

『日当たりの良い場所で太陽にしっぽを向けていたなら、光合成の最中だ』

冷静って、実はそうでもないけどな。クールぶってるだけで、血の気は多いし、短気だし。
でも、他の部分は納得できた。
思い返してみると、タージャは天気がいい日は外にでたがって、ボールに戻そうとするとひどく機嫌を悪くしていた。あれは光合成のためだったのか。

光合成、か……。

他のポケモンも気になって次のページを捲ると、封筒が挟まっていた。
すっかり忘れていたが、本来の目的はこれだ。
オレは完全に封をされていない封筒から手紙を取り出した。

『よくここまでこれたね! 強さだけではなく、知恵も持っているんだね! 本を棚にしまってごらん。これから戦えることを楽しみにしているよ! ジムリーダーアロエ』

本棚に目を向けると、不自然に1冊分スペースが空いていた。ちょうど、この本がぴったり収まりそうだ。

あそこにしまえばいいのか?

少し力を入れて本棚に本を押し込むと、目の前の本棚がゆっくりと音を立てて動いた。
そして、地下に続く隠し階段が現れる。
すげえな。まるで映画やアニメにでてくる秘密の部屋の入り口みたいだ。

この先にジムリーダーが待っているのか。

「よし!」

気を引き締めて、オレは階段を降りた。
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