“正義”対“正義”
雲一つないよく晴れた青空の下、オレたちは3番道路を進んでいた。
いつものようにフードの中でツタージャのタージャは偉そうにふんぞり返り、ヨーテリーのリクはオレのすぐ隣を歩く。
道なりに立ち並ぶ木々は光を受けて青々と輝き、吹き抜ける風とともに行進曲を奏でていた。旅立ちの日より少し重くなったオレの鞄の中で、キズぐすりや空のモンスターボールがリズムを刻む。
気分がよくなって、オレもへたくそな鼻歌を歌い始めた。

「ミスミ、ストップ!」

ふと、背後から名前を呼ばれた。
そんなふうに、ひとを呼び止める知り合いは1人しかいない。
オレは軽く片手を上げて振り返った。

「よお、チェレン」

「おはよう、ミスミ。ずいぶんと活躍してるみたいだね」

数日ぶりに会った幼馴染は、生真面目そうに中指で眼鏡を上げた。

「サンヨウジムの像を見たよ。トライバッジ、手に入れたんだろう?」

「おう! ちゃんとリクの活躍でな!」

オレはバッグにつけたトライバッジをこれでもかとチェレンに見せつけてやった。リクは照れくさそうにそわそわし、タージャは自分のことのように胸を張る。
みんなで力を合わせて手に入れたバッジだ。誇らしくないはずがない。

「強くなったリクの力を僕も見たいな。それに、トライバッジを持つ者同士、どちらが強いか確かめたい」

チェレンの眼鏡の奥の瞳は、好戦的な色をしていた。
もちろん、それを受けないオレじゃない。

「いいぜ。びっくりしすぎて、腰抜かすなよ」

いくぞ、と声をかけると、リクは緊張で硬くなりながらも大きな声で応えた。


******


バトルをするためにオレたちは少し開けた道の脇に避けた。両側は木に囲まれていて、少しいけばすぐに深い森に迷い込みそうだ。
ここでバトルをするトレーナーやポケモンは多いのか、草に覆われた地面はところどころ抉れ、木にも多くの傷が刻まれていた。

「よし、いけ! リク!」

「きゃん」

オレの足元からリクが前に飛び出した。
やる気満々といった様子で、少し毛を逆立てている。

「頼んだよ、チョロネコ!」

チェレンが投げたボールから現れたのは、紫の体毛としなやかな肢体を持つチョロネコだった。
チョロネコはリクを見るなり、馬鹿にしたように鼻で笑った。

このやろ、今に見てろよ。

「こら。一度勝ったからといって、油断するなよ」

チェレンに窘められて、チョロネコは渋々といった様子で居住まいを正した。
だが、その目はまだ真剣さに欠ける。ゆらゆらと揺れる尻尾からは、警戒心なんかまったく感じられない。

「リク、二度と舐めた態度をとれないような目に合わせてやろうぜ」

フードの中でタージャがうんうんと頷くけれど、当のリクは耳を軽く伏せて苦笑するだけだった。
リクらしいけど、ここは怒る場面だぞ。

まあ、いいや。本気のバトルで後悔させてやればいい。

「先手必勝、“とっしん”!」

「チョロネコ、“ふいうち”!」

地を蹴り駆け出すリク。それよりもはやいスピードで風を切るチョロネコ。
2匹がぶつかり合う、その時。

「どけどけー!」

やけに野太く荒々しい声が聞こえてきた。
その声に、オレもチェレンもポケモンたちも動きを止める。

呆然とそちらを見やると、目の前をてるてる坊主みたいな恰好の男2人が横切った。
男たちは砂煙を巻き上げながら、太陽とは逆の方角へ駆け抜けていく。

「なんだ、あいつら」

「なんだよ、今の……?」

オレとチェレンが同時に声を漏らす。

今の、プラズマ団だよな。こんな白昼堂々なにしてんだ?

呆気にとられたままやつらが走ってきた方を見ていると、見覚えのあるベレー帽の少女と見知らぬ小さな女の子が視界に入った。2人ともさっきのプラズマ団と同じく砂煙を巻き上げながら、転ぶんじゃないかと不安になるほど慌てた様子で走っている。

「ベル!?」

「どうして走ってるの?」

ベルはオレたちに気付いて足を止めると、女の子の手を引いて近くまで大股でやってきた。
その顔は、明らかに3人の再会を喜ぶものではない。

「ねえねえ、今の連中、どっちに向かった?」

息も切れ切れにベルはチェレンに迫った。
たじろぎながらチェレンは答える。

「あっちだけど……。だから、どうして走ってるのさ?」

オレもチェレンも感じてる疑問に答えずに、ベルはその場で地団太を踏んだ。オレたちの足元でリクとチョロネコが驚いて飛び上がる。

「ああもう! なんて速いにげあしなの!」

「落ち着けよ」

ベルの肩を叩いてなだめるが、効果はいまひとつのようだ。怒りのボルテージが上がって周りが見えていない。

と、今まで黙っていた幼稚園児くらいの女の子が、泣きそう顔でベルのスカートを掴んだ。

「おねえちゃん……あたしのチュリネ?」

「大丈夫! 大丈夫だから、泣かないで!」

いたいけな女の子の泣き顔には、ちゃんと反応するようだ。
ベルは屈んで女の子と視線を合わせると、あやすようにその頭を撫でた。

微笑ましいといえば微笑ましい光景だが、こっちはなに一つ事態が把握できていない。
なんとなく、嫌な想像はつくけどよ。

「……あのね、ベル。だから、どうして走ってたんだ?」

「さっきのやつら、プラズマ団だよな?」

「きいてよ!」

ベルはかっと目をいからせて顔を上げた。

「さっきの連中にこの子のポケモンをとられちゃったのよ!」

「それをはやく言え!」「それをはやく言いなよ!」

オレとチェレンのツッコミが重なった。

あいつら、しょうこりもなくまたロクでもねえことしてんだな。
今度はポケモン泥棒かよ。

オレはチェレンと顔を見合わせた。

「どうする?」

「もちろん、この子のポケモンを取り戻すよ」

「できるのか、オレたちだけで?」

前に夢の跡地でプラズマ団と戦った時はムシャーナの助けがあったからどうにかなったけど、それがなかったらベルもポケモンたちも無事ではすまなかった。
あいつらは、強い。少なくとも、ジムバッジ1つ程度の新人トレーナーよりは。
それを思うと、オレたちだけで追いかけるのは得策でない気がした。

そんな迷いが生じた時、

「お願い、ミスミ、チェレン! プラズマ団に奪われたポケモンを取り返してあげて!」

ベルが上目遣いでお願いしてきやがった。
やめろ、昔からそれには弱いんだ。
しかも、その隣には、

「チュリネになにかあったら、どうしよう……」

涙目で縋るように見上げてくる小さな子までいやがる。

……あーもー!
そうだよな。オレがタージャとリクを危ない目にあわせたくないように、この子も自分のポケモンが心配だよな。

「わかったよ! オレたちに任せておけ!」

「ミスミならそう言ってくれると思ってたよお!」

ベルはそれはそれは嬉しそうに破顔した。

くそ、なんでベルにはいつまでたっても勝てねえんだろ。
いいけどよ。どうせ、迷う時間が短くなっただけだ。

「タージャ、リク。悪いけど、力を貸してくれ」

リクは身体を震わせながらも力強く鳴き、タージャは嘆息して蔓で軽くオレの頭を叩いた。
ほんと、頼りになる相棒たちだ。

「よし、いくぞ!」

「ベル! 君はその女の子のそばにいてよ」

オレたちはベルと女の子をその場に残し、プラズマ団の後を追った。
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