子供の領分
「んー、昼寝でもしたくなる陽気だなー」

あくびを噛み殺しながら、サンヨウシティから続く3番道路を進む。
オレのすぐ隣を歩くヨーテリーのリクは元気いっぱいという様子できょろきょろと辺りを見回しているが、いつものようにフードに入ったツタージャのタージャは陽気に負けたようでオレの頭にもたれて寝息を立てていた。
寝てるせいかいつもより重いからボールに戻したい。が、前に勝手にボールに戻したとき軽く痣ができるくらい蔓で叩かれたから、それもできない。
どうも、タージャは日差しを浴びるのが好きらしく、太陽が出てるときはボールの外に出てないと気が済まないらしい。

まったく、こういうとき、こいつの気の強さは困りものだ。

後頭部にかかる重さを気にしないよう、オレは意識を空に飛ばした。
真上に広がる青空は、雲の白を滲ませたような淡い色をしている。
そこに丸い影が飛び込んできた。その丸は放物線を描いてオレの顔に影を落とす。反射的にオレは手を頭の上に上げた。吸い込まれるようにして、両の掌に青いゴムボールが落ちる。

「どっから飛んできたんだ?」

ボールが飛んできた方に視線をやると、よく晴れた夏のような鮮やかな空が描かれた塀が見えた。
その奥に人形の家みたいな、赤い屋根の可愛らしい建物が建っていた。そこから甲高い子供の声がてんでばらばらな大合唱となって響いてくる。
うるさいのか、フードの中でタージャが身じろぎした。

保育園か?

なんにしろ、あそこから飛んできたのは間違いなさそうだ。

「ちょっと寄り道になるけど、届けにいってやるか」


******


「すみませーん!」

扉の前でドアベルを鳴らし、大声で叫ぶ。そうしたらすぐに扉が開いて、黄色いエプロンをつけた保育士らしき女性が出てきた。

「こんにちは。なにかご用でしょうか?」

「さっき、そこでこのボールを拾ったんですけど、ここのじゃないですか?」

軽くボールを掲げてみせると、保育士の先生はあらと口元を手で覆った。

「確かに、うちの園のボールです。どうりで外で遊んでた子たちが騒いでいたわけだわ」

このボールが原因で園児同士のもめ事でもあったのだろうか。先生はあからさまにほっとした顔をしてた。

「わざわざ届けてくださり、ありがとうございます。もし時間があるなら、あがっていきませんか? お礼にお茶くらいはお出ししますよ」

どうする、とオレはリクに視線をやった。リクは尻尾をゆっくり振って答えた。
好きにしていいよ、ってことか。

「じゃ、お言葉に甘えて」

「こちらにどうぞ」

先生は優しげに笑うと、応接室のようなところまで案内してくれた。
園児たちは外で遊んでいるらしく、姿は見えないがここからでも外の喧騒が聞こえてくる。

「ソファーに座って待っていてください」

先生が部屋からでていき、オレはリクたちと残された。
このまま立ってても仕方ないし、言われた通り座って待つか。
リクがチョコレート色のソファーに飛び乗り、俺もその隣に腰を下ろした。ソファーは思ってたよりも柔らかく、窓から差し込む暖かな春の日差しもあって、途端に眠気が襲ってきた。
眠気に逆らわず、マシュマロみたいなソファーに深くもたれていく。
と、

「ジャアアア!」

オタマロが潰されたような声とともに、鋭い衝撃が後頭部を襲った。
吹き飛んだ眠気とともにソファーから飛び降り、オレは振り返る。そこにいたのは、ただでさえ目つきの悪い緋色の目をさらに吊り上げ、ソファーの背もたれに立つタージャの姿だった。

やべ、眠すぎてフードの中にタージャがいることを忘れてた。
オレの頭とソファーに挟まれたら、短気なこいつじゃなくても当然怒るよな。

「わ、悪かだっ!」

謝罪すら受け入れてもらえないらしく、タージャの“つるのむち”が額を撃った。
おろおろしながらもリクが止めようとしてくれるが、タージャの一睨みで萎縮して尻尾を丸めてしまう。
リクにまであたるなんて、いつも以上にご機嫌斜めみたいだな。

「タージャ、冷静になれ。話せばわがっ!」

再びタージャの“つるのむち”がしなった。
くそ、最近レベルが上がったせいか、よけることもできやしない。相棒としては頼もしいけど、敵に回すとやっかいだな。

さて、どうしたものか。

どうにかタージャの怒りを鎮めようと、これまでの経験を振り返る。が、とくに有効な手段はなかった。
こうなったら、とにかく攻撃を受けないようにするしか……。

「ねえ、おにいちゃんはポケモンバトルしてるの?」

突然後ろから聞こえたのは、舌足らずな声だった。
振り替えれば、オレの腰くらいまでしかない小さな子供たちが、少し開いた扉から顔を覗かせていた。全員お揃いのパステルブルーのスモッグと黄色い帽子を身に纏い、男子も女子も揃いも揃って一心に目を輝かせている。

ここの園児か。

「いや、ポケモンバトルじゃ」

「おれもやるー! ぎゃおー!」

ひとの話なんか聞きもしないで、園児の1人が突進してきた。
それを皮切りに、次々と園児が押し寄せる。

「ぼくとしょうぶしろ!」

「くらえ! はかいこうせん!」

「話聞けよ!」

オレの方に向かってきた男子を受け止め、ソファに軽く放り投げた。ソファで大の字になった男子は、きゃっきゃっとはしゃぐ。
リクはぞろぞろとやってきた園児にびびり、ポケモンバトルの時以上の素早さで机を伝って棚の上に避難した。
さっきまであんなに怒り心頭だったタージャはといえば、毒気を抜かれたような顔で口を開けていたが、園児にべたべたと触られると、身を捩って逃げた。
オレはそれを横目で見ながら、向かってくる園児たちを一人づつソファに放った。全員で6人しかいないが、繰り返し何度も向かってこられるとちょっときつい。

なんなんだよ、この突風みたいなガキどもは。

「こら! あなたたち、なにしてるの!?」

戸口からぴしゃりと叱る声がした。
身を縮こまらせて押し黙った園児たちと一緒にそっちに顔を向けると、コーヒーカップを乗せた盆を手に、先生が眉を吊り上げていた。

助かった。

「お客さんに迷惑かけちゃだめでしょ!」

「ちがうよ! ポケモンバトルしてただけだよ!」

怒る先生に、園児の中で一番身体の大きい男子が言い返した。
最初に突撃してきたのもあいつだったな。ここのガキどものリーダー格なのか。

「それもだめ! とにかく、あなたたちは外で遊んでなさい!」

「じゃあ、こいつとあそぶ!」

リーダー(仮)はオレを指さした。ひとを指でさすな。
すると、他のガキも「わたしもー」「ぼくもー」と一斉にオレにまとわりついてきやがった。

なんなんだ、こいつらは! わらわらわらわらと!

先生が慌てて止めにはいろうとするが、それよりオレの堪忍袋の緒が切れる方がはやかった。

「だーもー、うっとうしい! そんなに遊んでほしいなら表でろ! たっぷり遊んでやるからよ!」

「ほんと!」

ガキの喜び弾んだ声に、オレはしまったと頭を抱えた。勢いでなんてことを口走ってんだ。
しかし後悔先に立たず。もう遅い。

「よーし、みんな! そとにいくぞー!」

リーダー(仮)の号令で、ガキどもは次々に外へ飛び出していった。
置き土産に「やくそくまもれよ」や「あのこたちもつれてきてね」の言葉を残して。

さっきまでの喧騒が嘘のような静寂が室内に流れる。
静けさの中取り残されたオレたちに、先生は申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめんなさい。あの子たち、いつもはいい子なのだけれど」

「あー、大丈夫です。……男に二言はないですから」

腹をくくるオレに先生は「はあ」と曖昧な相槌をうち、高所に避難したオレの相棒たちは「はあ」とため息をついた。
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