大空ぶっとびバトル
近くの店で買った焼き立てのパンにフキヨセ産の野菜とハムを挟んだサンドウィッチを昼食として腹に納め、オレはフキヨセシティの外れの原っぱでポケモンたちとのんびり日向ぼっこをしていた。
寝てる時以外は騒がしいゼブライカのシーマとドリュウズのグリは早速バトルに明け暮れているが。……あっ、通りすがりのエモンガが巻き込まれた。この後はフキヨセジムに挑戦する予定だから、いつも以上に気合いが入ってるな。ひこうタイプのエキスパートのフウロさん相手にはあいつらが主戦力になるし、張り切るのは結構だが。
「シーマ、グリ、ほどほどにしとけよ! ジム戦前に怪我してもしらねえぞ!」
「ヒィィン!」
「ドリュウ!」
ものすごく元気な返事が返ってきたが、あいつらがちゃんと聞いてくれたかは微妙だ。問題起こさなきゃそれでいいけど。
仮に怪我をしたとしても、急ぐ旅ではないからジムへの挑戦は後日にすればいいし。シーマとグリははやく戦わせろって文句言うかもしれねえけど。
シーマとグリがどれだけ騒いでいようがもう慣れたもので、ジャノビーのタージャはとぐろを巻いて日向ぼっこを満喫しているし、ハーデリアのリクとヒトモシのユラも寄り添って昼寝中だ。見ていてハラハラするあの2匹と違って、すごく癒される。起こさないようにそっとリクとユラの頭を撫でてやれば――邪魔すると怒るから日向ぼっこ中のタージャには触らない――、寝言なのか不明瞭な鳴き声がかすかに聞こえた。可愛い。
よく晴れた青空を見上げれば、腹ごなしに飛行訓練をするスワンナのアルの姿が見える。少し前まで飛べなかったのが嘘みたいに青空で舞い踊り、大きく広げた白い翼を輝かせていた。
普段はコアルヒーの頃と変わらずのんきで、たまにシーマとグリと一緒に変な踊りを踊っていたりするが、大空を羽ばたく姿は綺麗で立派だった。ホウエンやシンオウにはポケモンコンテストってのがあるらしいけど、今のアルならうつくしさ部門で結構いい線いくんじゃねえかな。
少しずつ変わっていくものもあるが、基本は変わらない昼食後の日常をぼんやり眺めていると、遠くから鐘の音が聞こえた。世界を包み込むように優しく空に広がっていく澄んだ鐘の音――タワーオブヘブンの鐘の音だ。
その音を聞いていると、これから戦うフキヨセのジムリーダー、フウロさんの顔が頭に浮かんだ。あの、すべてを見透かすような青空の瞳を思い出す。
――いったい、なにをそんなに怖がっているのかな?
――アナタの音は殻に穴を開けたのに、そこから外を眺めるだけで殻を被ったままでいるような、そんな音だったから。
(怖がっている、か……)
べつにオレは外の世界に出ることは怖くない。
むしろ、わくわくする。まだ見たこともない世界をポケモンと冒険できるなんて、これ以上の楽しみはない。
怖いのはただ一つだけ。
また、この光景を奪われることが――
「……あだっ!?」
ふいに後頭部に鋭い痛みが走り、オレは頭を押さえて振り返った。
そこには悪びれもせず、ゆらゆらと蔓を揺らすタージャがいた。
「おいこら、タージャ! 少しはセンチメンタルに浸らせろよ!」
「ジャ」
文句を言えば、鼻で笑われた。そんなの無駄だろ、と一蹴するような態度だ。
確かに無駄だ。気にしたって仕方ない。……仕方ねえけどよ。
「ほんとに、お前はよお!」
仕返しにぐりぐりとタージャの頭を撫で回してやる。
ジャノジャノ、と抗議され、ぴしぴしと手を蔓で叩かれたが、それでもオレは気がすむでやり続けた。
******
タージャのせいで少し赤くなった手の甲を擦りながら、オレはフキヨセジムに向かった。
フキヨセジムは町の外れ、フキヨセカーゴサービスを抜けた先にある。フキヨセはぱっと見のどかな田舎町だが、この辺りはでかいビニールハウスがいくつも並んでいたり飛行機が停まっていたりして迫力があった。アルに乗って飛ぶのも楽しいけど、飛行機にも乗ってみてえな。イッシュを一通り巡ったら、あの飛行機に乗って別の地方に行くのもありかもしれない。
長い滑走路を辿っていけば、他のジムと同じようにあまりポケモンジムらしくないような、普通にでかいだけだから他よりはジムらしいような建物に辿り着く。
ここに来るまで奇抜なジムばかりだったせいで、もはやなにがポケモンジムらしいのかわからなくなってきた。入り口にモンスターボールと羽根を組み合わせたようなエンブレムが掲げてあるから、これがジムで間違いないんだろうが。
「よし、いくか!」
気合いを入れてジムに足を踏み入れる。
中は案外狭かった。
いや、それは正確じゃないな。
見た目通り建物の中も広くはある。とくに吹き抜けの天井なんて見上げると首が痛くなるくらい高い。だが、辺りに背の高い足場がいくつも組まれていて、そのせいで地面にいると窮屈に感じた。
足場に挟まれてできた道をまっすぐに進む。
と、毎度お馴染みモンスターボールの像とガイドーさんの姿が見えた。
「挑戦者の方っすね。このおいしいみず受け取ってくださいっすよ」
「どうも」
「ここだけの話……ひこうタイプっていわ、でんき、こおりと意外に弱点が多いんすよ! なので、そういったポケモンや技を使いこなせば勝利は目前! ですよね」
いつも通りガイドーさんからおいしいみずを受け取り、潜めた声でのアドバイスを聞く。各々のオリジナリティ溢れるジムのなかで、これだけは変わらない。
やっぱりこれがあると、ジムに挑戦しにきたって実感が湧くな。
で、このジムはどうやって先に進んでいけばいいんだ? 多分足場の上にバトルフィールドがあるんだろうが、ぱっと見近くに階段はない。とりあえず前に進もうにも、オレの身長よりも大きなオブジェクトが邪魔をしていて無理そうだった。
辺りを見回して訝しむオレに、ガイドーさんが悪戯っぽく笑う。
「ちなみに、このジムは大砲に乗り込んでいって進んでいくんすよ」
「……なんて?」
乗り込む? 大砲に? why?
「ほらほら、この中に入って」
「えっ? はっ?」
嫌な予感がするくらい楽しそうに背中を押され、自動でシャッターが開いた大きなオブジェクトの中に無理矢理押し込まれる。
そして、次の瞬間、オレは空を飛んでいた。